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やり切れない想い 1
再び車を走らせて西に向かった二人は街の中心から少し外れた場所にある、茶懐石の店に到着した。
門をくぐり、笹の葉ずれを耳にしながら、打ち水された石畳の上を歩いて、どっしりとした佇まいの玄関へとたどり着く。
時刻は午後七時。八畳の個室に通されると、そこは茶室を模した造りで、床の間には季節の掛け軸と、野の花を生けた花入が掛かっている。
いかにも和の趣の風情に感心した創はあたりを見回しながら、座布団の上に座った。
予約を入れていたらしく、仲居の女性の手によって、さっそく料理が運ばれてきた。
「ホントは本格的な茶事に連れて行きたかったんだけど、そうそうやってるものじゃないから、ここでプチ体験よ」
さっきのラウンジでの出来事は忘れたかのように、総一朗はいつもの明るい口調に戻ると、茶事についての解説を始めた。
茶事とは茶道の茶会の形式のひとつで、食事を味わったあとに濃茶や薄茶を楽しむものであり、それなりの様式に則って行なわれるが、ここは茶事に出る料理を再現し、最後に薄茶で締めくくるといった店のようだ。
「今日のおしな書きは……向付は赤貝、汁物は焼き豆腐と切りごまね。煮物はあいなめ、葛たたきにじゅんさい、か。さすが、五月らしい、季節を意識したメニューだわ」
「年寄りの蛋白源は肉より魚か豆腐だしな」
昨夜のディナーにおいて、メインの肉料理を前に、総一朗が「これだけ高カロリーなものばかりだと、胃にもたれる」と言ったのを踏まえての挑発である。
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