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エーゲ海に惑う 8

 ずっと楽しみにしていた、彼と過ごす時間なのに、ついつい突っかかってしまう自分の天邪鬼なところがイヤになる。  デザートのシャーベットをスプーンですくいながら、総一朗は思いもよらない言葉を口にした。 「ねえ、ちょっとだけ無粋な話してもいい? 仕事のことなんだけど、本当はどこへ配属されるのを希望していたの?」  食後の紅茶に入れたレモンをぐりぐりと掻き回しつつ、創はボソッと答えた。 「開発……やってみたかったけど」  開発に携わってみたいと思っていたのは事実である。が、それとは別の意味で、今は開発部に──総一朗のそばにいたかった。 「でもオレ、専門は情報処理だから、やっぱりシステム部かなって」 「そうねえ、せっかく大学で勉強してきたのにもったいないわよね」 「そっちは中途で入ったって聞いたけど、元々どこにいたの?」  節煙宣言したにもかかわらず、またもタバコをくわえた総一朗は「某自動車メーカーよ」と答えたが、その時、彼の表情が曇ったのを創は見逃さなかった。 「自動車って、ウチの取引先じゃねえか」 「まあね。そこでいろいろあって……転職を考えているときに、ちょうど江崎から声がかかって。お給料も同じぐらいだし、待遇は悪くないし、渡りに舟と乗ったわけ」  もう十年ぐらい前のことだから、と吐き捨てた総一朗は某自動車メーカー時代のことを思い出したくない様子だった。  ガラス越しの風景に目をやる横顔に憂いが宿る。彼のこんな表情を見るのは母親の死に目に会えなかった話を聞いた時以来だ。

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