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エーゲ海に惑う 9

 十年前……総一朗が社会人として歩んできた時間はさらに、二十年近くにもなる。  その軌跡が、キャリアの差が、人生経験の違いが、スタート地点に立ったばかりの、弱冠二十二歳の身に重く圧しかかってくる気がした。 (オレってば、この人について何もわかっちゃいないじゃねえかよ)  会社という組織の中で最上階にいる者と、底辺を這っている者の差も、創に大きなプレッシャーを与えていた。  身分違いの恋……江戸時代ならそう呼ばれたであろう、今の彼らの地位関係、年齢にキャリア。  いくら恋に上下の隔てなしとは言っても、二人の間にある様々な格差と、同じ性という事実がこの先、自分自身をどんなにか苦しめ、それによって傷つく羽目になるのではという不安と恐れ。  それらは総一朗を好きになってよかったのかという後悔にも結びつき、彼の心の中で増幅した。 (まったく、何ビビッてんだよ、オレは)  こんな思いをあの元カレも、扶桑繁明も抱いたのだろうか。  そうだ、だからこそ彼は女性との結婚という、平穏無事な道を選んだ。  総一朗の前から、二人の行く手に立ちはだかる困難から、あいつは尻尾を巻いて逃げ出したんだ。卑怯者め。 (あっ、そういえば……)  総一朗は扶桑のことを元同僚だと紹介した。ならば、彼が勤務しているのは総一朗が江崎に転職する前に勤めていた会社、某自動車メーカーなのではないか。転職の要因のひとつは彼の存在だったのではと推察されて、別れてもなお、総一朗を惑わせ続ける男に、創は無性に苛立った。

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