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エーゲ海に惑う 10

「さてと……」  明るい表情を取り戻した総一朗は次に行く博物館の場所を告げた。 「遺跡のそばにあってね、この地域の成り立ちや歴史がわかる貴重な出土品を展示してあるの。いにしえの人々の暮らしに思いをはせるってところかしらね」 「いにしえの人々か……」  いにしえ、それは過去。あんなヤツとの過去じゃない、オレとの未来を見て欲しい。これから先もずっと、一緒に…… 「ここからちょっと距離があるけど、もうひとっ走りよ。そうそう、満腹だからって、助手席で寝ちゃわないでね。こっちまで眠くなるから」 「よーし。そんじゃあ座席倒して、たっぷり仮眠取ってやろう。何たって今朝、たたき起こされたもんな」 「まったく、言うことがいちいち憎たらしいわねぇ」  車の助手席に乗り込んでシートベルトを装着したあと、創は運転席ではなく真っ直ぐにフロントガラスを見つめながら、いくらか固い口調で切り出した。 「あのさ、オネエ言葉じゃなくて、普通にしゃべってくれない?」 「えっ?」 「だから、仮の姿はやめてくれってこと」 「何よ、いきなり」  そちらへと向き直ると、総一朗は首をかしげる仕草をしていた。 「ディナーの晩にあなたが怖気づいたから、オカマのままでいよう、ってことにしたんじゃなかったかしら?」 「いいから、普通にしてくれよ。もうビビッたりしないからさ」 「それはかまわないけど……変な人ね」  創のこだわりに、総一朗の方はまるで気づいていないようで、しかしながら仮の姿が素に戻ることはなかった。

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