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小料理屋『青柳』にて 1

 終業のチャイムが響き渡ると、ドッと開放感があふれる。今週のお仕事、これにて終了だ。 「ねえねえ、今から新しくできたあのお店に寄って行かない?」 「行く行く! ロッカー寄ってくからちょっと待ってて」 「おーい、飲みに行くぞー。遅れたヤツの奢りな」 「マジかよ、まだ片付け終わってねえよ」 「えーっ、デートなの? いいなぁ」 「あーっ、ちっくしょー、残業決定じゃねえか」  社内のあちらこちらから、社員たちの悲喜こもごもが聞こえてくるようだ。  早々に退社する人々の波に混ざって通用門を抜け、待ち合わせの場所に出向いた創は辺りを恐る恐る見回した。  医務室での出来事──衝動的にキスしてしまったせいで、飲みに行く約束を反古にされたのだとしたらどうしよう。  だが、その心配は杞憂に終わった。すぐに現れた総一朗は「お待たせ」と言い、何事もなかったかのような笑顔を向けた。  それから二人が向かった先はS駅近くにある小料理屋だった。 「『青柳』って……あ、もしかして邦楽演奏会のときの人がやってる店? ここにあったんだ。全然気がつかなかった」  創の反応を見た総一朗はなぜか苦笑いを浮かべ、紺地に店の名前を白く染め抜いた暖簾をくぐった。「いらっしゃい」の掛け声がこじんまりした店内に響く。 「あら、テンちゃんじゃない。この前はわざわざお見えくださって、本当にありがとうございました」  見覚えのある女将の言葉に、カウンターを陣取っている常連客とおぼしき中年オヤジ三人組がこちらを振り向いた。 「ホントだ。本物のテンちゃんだ」 「ここんとこ、ずーっと顔見てなかったと思ってたらなぁ」 「何やってたんだい。もしかして、こっちがお盛んだったとか?」

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