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小料理屋『青柳』にて 3
それから総一朗を美女と間違えて口説いた──のではなく、彼の隣に座ったとたん、創はいきなりカウンターに突っ伏して眠り込んでしまったらしい。
もうすぐ店の看板の時刻だというのに起きる気配もなく、ゆすっても叩いても、テコでも動かない男に困り果てた総一朗、上着の社章から自分の会社の新入社員と知った以上、放置するわけにもいかず、非常事態だから勘弁してもらおうと、男が持っていた携帯電話をチェック。幸い、ロックはかかっておらず電話帳を見たが、家族のものらしき電話番号は市外局番、しかも県外だ。これで引き取ってくれる同居の家族がいるというセンは消えた。
大卒の社員が社員寮に入ることはないので、アパートかマンションで一人暮らししていると察することはできたが、その住所まではわからない。最終的に総一朗が取った手段、それはこの近くにある唯一の宿泊施設──ラブホテルにての宿泊だった。
「じゃ、じゃあ、キレイな瞳がどうこうって口説いたっていうのは?」
「本気にしてたの? 冗談に決まってるでしょう。今時あんなベタなセリフ、ふつう言わないわよ。自分で言ったおぼえあり? ないでしょうが」
たしかに変だとは感じていた。いくら酔っていたとはいえ、あんな、背筋がこそばゆくなるような口説き文句を口ベタな自分が言うとは思えなかったからだ。
「どうして裸だったんだよ」
「だって、かなり酔ってたもの。服に吐いたら困るし、シワになるからって言ったはずだけど」
「パンツまで脱がすことないだろ!」
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