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心乱れて 1
「……創、早く起きなさい。いつまで寝てるの、学校に遅れるわよ。創ったら」
母の声が慌しげに響く。
「あー、わかってるって」
「わかってないでしょ、私はもう出かけるわよ。食べたら後片付けしておいてね」
「ふぇーい」
温かい味噌汁に焼き魚、卵焼き、炊き立ての御飯……懐かしい朝の匂い……
えっ、今見た光景はデ・ジャヴ? それじゃあオレはどこに居るんだろうか……
グレイのカーテンの隙間から差し込む朝陽に目を細めて、創はベッドの上でのろのろと頭を動かした。まどろみから醒めきっていない身体が重い。
ここは? そうだ、昨夜はこの部屋に泊まって、それで……夜明け近くまで狂ったように抱き合ったことを思い出すと、頬がカアッと熱くなる。
隣で眠っていた男の姿はない。徹夜に近い状況だったのに、とっくに起きて着替えを済ませた彼はキッチンに立って朝食の準備をしていた。
故郷の母を脳裏に呼び起こした匂いはそれだった。
「おはよう、朝御飯できてるよ。昨日のシャツは洗濯したから、着替えはそこにあるボクのを使って。キミの身長じゃあ、ちょっとサイズが小さいかもしれないけど」
洗濯機が電子音で終了を告げると、急いでそちらに向かう彼、こまめに働く総一朗は『世話女房』という表現がぴったりである。
過去に女を部屋に泊めたことはあったけれど、たいていは昼までだらだらと寝ているだけで、こんな真似が、細やかな心配りができるヤツはいなかった。
(いいなあ……こういう朝)
結婚願望が強いと話していたけれど、もしも結婚したら、毎日こんなふうに尽くしてくれるのかなと、創は奇妙な妄想を抱いた。
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