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3.VIPルーム

次の日…出勤しいつもと変わらずに仕事をこなしていると オーナーから呼ばれ今日のVIPルームの担当を言い渡された。 VIPルームは普段のお客様の中でも特に重要な方のための部屋で事前にオーナーが担当を一人決めて対応させる。 あまり入ったことがない担当に少し不安になりながらも了承した。 制服に埃や乱れがないことを鏡の前で入念にチェックしVIPルームに向かう。 本日の担当の挨拶と初めのドリンクなどを運ぶ。 一歩近ずくにつれて緊張が募るのを抑えながら歩みを進める。 VIPルームでの仕事は通常業務に加えて話すことも仕事に含まれる。 お客様の希望を会話から汲み取り女性キャストが必要そうならそれにあったリストの用意とご案内、仕事の場ならば空気になりつつドリンクや料理の注文、必要なものを必要な時に的確に用意する。他にも必要に応じて様々だ。 大学で海外の執事学校について聞いたことはあるがこういう感じなのだろうか。 話が逸れてしまったが、通常と違うサービスだからこそこの部屋を使う方はこの店の中でも一握りと言える特別な方々となる。 そのため担当が決まると女性キャストは自分を是非すすめてくれと名刺を預けられる。 扉の前で深呼吸をし軽くノックをすると扉が開き中に入る…… 広々とした室内の目立つ革張りのソファにシワひとつないスーツを纏った人物が腰掛けていた。 足を組んだその姿は雑誌のモデルのような美しさで重い圧を感じるほどの雰囲気を晒し出していた…だが それは昨夜の危険そうな男だった。 俺は焦りと後悔に埋もれそうになる。 オーナーに昨日のことを先に伝えておくべきだったと まさかあのお客様とは… 俺は動揺を隠せずにいた。 焦りながらも声をかけ挨拶をする。 自分にひたすら落ち着けと言い聞かせ声が震えないように細心の注意を払いながら一言一言発していく 「ご来店ありがとうございます。本日担当させていただきます柳瀬清です。何なりとお申し付けください。」 返答はなくとりあえず大丈夫だと認識しそのままテーブル横にしゃがみセッティングをしていくと…気づいてしまった。だが間違いだろう、偶然だろうと一度目をそらし再びそろっと同じところを見る。気のせいに思えないほど ガラスのテーブルに反射する男の視線が…自分とあう やはり昨日の対応に何か至らない点があったため今日の担当が俺だったことに不快を感じているのかと、俺は精一杯思考を巡らせる ここで何か問題があれば店にも迷惑がかかるしこんなお偉い方に何かあっては自分では何も償えない 出た結論は、ひとまず不快をこれ以上かわないうちに早く退室する。ということ。 そうと決まればまずは一度部屋を出てオーナーに担当変更の相談とお願いをしに行こうと退室の礼を取り背を向けた瞬間… 「まて!」 面には出さないようにしていたがつい身体が反応し密かに肩がはねてしまった (なんだろう・・・) ゆっくりと呼吸をしながら振り返り姿勢を正す 視線をお客様の方へやると…険しい表情をこちらに向けていた その視線だけで内心震えがやまない ただ失礼に当たらないように柔らかいだろう表情を意識して待つ 「話がしたい」 俺は女性キャストのことだと思い 「どの方をお呼びいたしますか?」と伺った。 すると鋭かった視線が更に刺さるほどきついものになる。 先にキャストたちから渡された名刺を全部見せたほうが正解だったのかと後悔が押し寄せてくるが正直この時はもう頭を回転させることさえ難しいほど空気は重かった。 「お前だ・・こっちに座れ」 (え・・)真っ先に疑問が浮かんだがすぐに違う考えが浮かんだ。 やはり怒らせてしまい何か咎められるのだと確信に近づきゆっくり思い足を進めながら謝罪の言葉を探した。 お客様の目の前まで着くと片膝をつけしゃがみこんだ。 その時、いきなり腕を引かれ前のめりに体制が崩れた。 一瞬昔感じたような恐怖が体の奥底から登ってきて全身が痺れたように動かせなくなった それと同時に微かに甘くスパイシーな香りが漂った。 驚きながら見上げると腕を掴んだお客様の膝の上に倒れてしまったことに気づいた。 自分は硬直し違った意味で更に動けなくなったが次の言葉に意識が引き戻される。 「何してる、こっちに座れと言ったんだ」 指された指先を見ると…お客様の隣を指していた。 普通なら従業員がお客様と同じ目線でましてや隣に座るなど女性キャストでない限りあり得ないのだが、今は断るという行動は取れそうになかった 「は・・はぃ・・・」 すぐさまお客様から離れまずはお詫びをした。 「大変失礼いたしました。」 そして素早く身体を動かし自分では何年かかっても手の届かなそうな高級感ある革張りソファに浅く腰掛ける。 それは革張りの割に柔らかくかといって沈むほどの柔らかさではなくクッションの支えが丁度いいものだった、だが今の自分にそんなソファの良さを感動する余裕なんてあるわけもなかった 自分がソファに座るのを確認するお客様。 「何か飲むか?」 「い・・いえ」 (親切が逆に恐怖を増す・・・) ここでの仕事は初めに言ったとうり会話から考えや希望を読み取るのだが、今回は相手の意図が全く分からずにいた。 そのためかひたすら緊張が走る自分 見るからにぎこちないだろう俺の頭にいきなり 硬く大きなものが触れ優しく・・触れた。 昨日今日と自分の腕を強く掴んだ手が嘘のように優しく撫でた。 驚きのあまり力が抜け竦んでいた肩がストンと落ちた。 相手の表情だけで勘違いをしてしまったのかと考えそうすると失礼な態度をとってしまったことに少し反省をする。 落ち着きを取り戻しようやく相手の顔を見て話せるようにはなった。 それからというもの簡単な受け答えをし店で一番高額なボトルを開けて飲んでいる 俺もあの鋭い目で勧められたら尚更断れず一杯だけ飲んでしまった。 お酒などほとんど飲んだことがないため後のことをあまり考えてなかった。 された質問といえば…… 「歳はいくつだ」 「ここにはいつから働いていた」 「ここでの仕事は辛くはないか」 「何か食べたいものはあるか」など 話がしたいといった割には無言の時間が多く不安と緊張が続いている。 元々話し上手でもない俺は手持ち無沙汰を持て余すようにグラスを口に運ぶ。 グラスが空いた頃にはペースが速かったためか顔が火照り赤みを帯びていた。 そんな俺の顔を見つめるお客様は初めて見る表情をしていた。 「真っ赤だな」 そう言いながらフッと表情を少し崩した。 驚いた俺は恥ずかしさと見惚れて更に火照りが増していった。 元々持っているオーラなのか表情一つで男としての魅力だろうかそういううのがすごいと思い羨ましさを少し感じた。 咄嗟に俯き落ち着こうとする俺にお客様の手が伸びる。 顎に触れた手は誘導するように俺の顔を向かせた。 「御縁諒(みえにしりょう)だ。」 「・・・ぇ」 突然のお客様からの会話に少し戸惑う。 「俺の名だ・・・好きに呼べ」 その時今まで名前すら知らなかったことに気づく ここのお客様の中には本人の希望であれば名前を伏せている方も多く オーナーだけが管理をしているため俺もあまり気に止めていなかった。 だが逆にお客様の中には気兼ねなく名前で呼んでくれと言う方もいるためその場合は従業員含め名前で呼ばせてもらっている。 しかしここはVIPルームここでのことは店の中とはいえ部屋での内容は細かいことでも部屋の外で話してはいけないルールだった、だがお客様は担当の自分に名前を出したということは自分は担当する間名前で対応して構わないということなのだと理解した。 「はい、御縁様。今後とも当店を宜しくお願いします。」 少し酔いが回りながらも挨拶だけはしっかりしないとと火照った顔で御縁様に頭を下げた。 「・・・・・。」 少しの沈黙が流れ、一瞬読みが違ったのかと焦ったがすぐさま御縁様から声が聞こえた。 「あぁ、これからは頻繁に通わせてもらう」 「ありがとうございます。」 安心して自分もお礼を伝える。 とりあえず今日は問題なく終われそうだと張り詰めていたものが緩くなっていった。 だが次の言葉をききそれが再び引っ張られるように張り詰めることとなる。 「その時はまたお前が担当しろ」 焦りと不安が押し寄せてきた。 自分の対応に満足とはいえなくとも及第点はもらえたと思ってはいるが次も自分で本当にいいのだろうかと思ってしまう。しかしお客様からの指名を無下にはできないためこの場はさらりと了承した。 「かしこまりました。」 「・・・・・・。」 またも少しの間があったがあまり気に留めず、今日はもうおかえりになるとのことで御縁様を見送り1日が終わった。 今までより倍の脱力感を感じつつ今夜はよく眠れそうだと思いながらホールに向う。 時間が経つのが遅いと思っていたが御縁様が帰る頃には閉店間近となっていた。 他のバイトメンバーに謝りながら急いで閉店準備を手伝いに入る。 「VIPルームのお客様随分長居してたけど大丈夫だった?」 入るや否や同い年のバイトの子に心配そうに聞かれた。 室内でのことは言えないのは全員が知るルールなので純粋に自分を心配してくれているのが嬉しくも申し訳なく感じた。 「はい、特に何事もなく終わりました。」 「それなら良かった、なかなか戻ってこないし心配したよ。取り合えずキッチンにお水用意してもらってるから一息ついて来なよ。」 隠していても顔に出ているものは隠しきれずお酒を飲んだことは気づいているがあえて言葉に出さず気遣ってくれている。 この店はそれだけオーナーが選んだ仕事ができる人たちが多くいる。 「ご心配おかけしてすみません・・・取り合えず体調が悪いとかではないので大丈夫です。」 「そっか・・無理しないようにね。」 優しいバイトの人に申し訳なく思いながら仕事に戻る。 家に帰れば大学の課題を進めたいが今日はいつも以上に張り詰めた空気とお酒の酔いもありなかなか集中が続かず早めに休むことにした。 布団に潜れば秒で睡魔がきてあっという間に意識が深く沈んでいった。 ブラックアウトした視界にはボヤけながら景色が浮かぶ ふわふわした気持ちのまま自分はその光景をただただ眺めていた。 その日の夢は少し懐かしく心地よい安心感がある夢だった・・・ (誰かと遊んでいる・・) ぼやけた顔が優しく微笑みながら頭を撫でてくれている。 不思議と気持ちよくて夢の中だとわかっているのに更に眠りそうな感覚に陥っていった。 ・・・・・・。

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