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6.最後のVIPルーム
重い気持ちでバイトに向かうと
久しぶりにVIPルームの担当を言い渡された。
また自分が担当でいいのか驚きと戸惑いがあった。しかしそれよりもまたお店に来てくれたので先日の件を謝らなければとそのことばかり考えていた。
いつも以上に念入りに鏡と睨み合い制服を整え念のためと細かい部分コンタクトなども確認する
時間になりVIPルームへと向かい足を動かし始めた、だが…
あの日以来会っていなかったのもあり先程までの勢いがなくなり少し緊張した足取りでVIPルームへと向かう。
戸惑いながらも扉をノックし中へ入ると
真っ先に感じたのはあの時と同じ独特で密かな甘みとスパイシーな香り…
痺れるようなそれは身にまとう人物を彷彿とさせた。
見上げれば細めた瞳の視線に思考が停止しそうになる
「久しぶりだな。」
何てことのない言葉に身を構えた
距離が縮んだはずだったのが初めて担当した日のように重い空気を感じる。
唾液を飲みこみ答えようとするのに、思うように声が出ない…
「お久しぶりです…」
絞り出した言葉の語尾が消えそうなほどの小さい声でなんとか告げた。
しかし御縁様は気にする様子なく続けて声をかけてくれた。
「座れ」
「…はぃ」
言わなければ…と呼吸を整え、御縁様をまっすぐと見る。
「あの・・・先日は大変失礼な態度をとってしまい申し訳ありませんでした!」
勢いをつけすぎずにゆっくりとだがいつも以上に深く頭を下げ視線の先は自分の靴のつま先
自分の中の精一杯の誠意を表したつもりだ。
流石にお怒りだろう何を言われるか想像もつかない、そして頭を下げた状態で相手からの反応を待つ。
「気にするな。」
想像していたよりも優しい声音で返してくれたことに安堵するがそれでも申し訳ない気持ちは消えずにいた。
「…本当にありがとうございます。」
お詫びをし流石にこのまま担当をするのも気がひけるため担当を降りることを伝えようと御縁様を再びみると視線でソファの空いたスペースへと促してきた。断る事も忍びなくゆっくりと隣に腰掛ける。
久しぶりで会話に困る・・・今日の目標は達成し何を話したらいいのか戸惑った
ぐるぐると考えている間に視界が霞む・・・最近物件探しや考え事でまともに眠れていなかったためか怠さがあったが、お詫びを終えて少し安心したためか眠気が襲う、失敗にさらに失敗を重ねるわけにはいかないとこっそりと手に爪を立てながら眠気を飛ばす。
するといきなり身体を引かれ勢いよく何かに顔が埋まった…!?
「少し休め。」
それと同時に落ち着いた深みのある声音が聞こえた、しかし仕事中なうえこんな失礼な体制になるわけにはいかず
「お客様にこのようなことは…」
慌てて離れようとしたが掴まれた肩にかかる力が強く抗えずにいた
「いいから甘えておけ、何も心配するな。」
そう言うなり頭を撫でられ再び香る香りがあまりにも気持ちよく抵抗虚しく意識が遠のいていった。
…懐かしい夢を見た、最近見ることが増えた夢
昔、短い間だったが公園で遊んでいた時間…自分はその時間が好きだった。
何故なら一緒に遊んでくれたお兄ちゃんがいていつも自分話待ってくれていた、一緒に過ごす時間にお兄ちゃんは必ず頭を撫でて褒めてくれたりしてその優しさが大好きだった。
だが親戚に引き取られた事もありあの公園まではあまりにも距離があって行くことが叶わなくなった
突然変わってしまった環境と無くなってしまった時間
(お兄ちゃん…寂しいよ)
・・・・・・。
(あぁ…温かい)
(ん、、でも、苦しい…?)
少しづつ瞼を開くも視界は暗いまま不思議に思い視線を動かすと
御縁様が俺を包み込むように強く抱きしめていた。
自分も縋るようにスーツを握ってしまっていたことに気づき離れようと目の前の胸板を叩く!
俺が起きたことに気づいた御縁様は力を緩め俺の顔を見入る…
寝てしまったうえにスーツに皺を作り更にはあやされて(?)いた事にもはや思考はパニックだった。
急いで謝罪しようと口を開くと
「甘えん坊は変わらないな。」
「ぇ・・・・」
自分が発するよりも先に御縁様がよくわからないことを言ったため疑問が先に来てしまっていた
「もう寂しい想いはさせない、だから俺のところに来い。」
こちらの理解が追いつかないまま御縁様は話を進めていく。
「すみません…おっしゃている意味が分からなくて…」
すると御縁様の瞳が鋭さを増す。
それに対して自分はこれ以上何か言える様子がなかったためただただ様子を伺う。
「・・・・・。」
「お前が決めるまで待つつもりだったが…やめよう」
立ち上がった御縁様を見ると次の瞬間足元が床から離れ一瞬で視界に天井が映り横抱きされながら移動していた。
いわゆるお姫様抱っこの状態だ…
何がどうして?そんな言葉がひたすら頭の中に繰り返し流れ出す。
「な!?お、下ろして下さい!」
疑問だらけではあるがそれでも声を出し訴えることができた。
「大人しくしていろ。」
(一体何を考えているのか・・・訳がわからない!)
部屋の外にいた怖めの男の人に指示を出すとそのまま店の出入口へと向かった。
「あ、あの!まだ仕事が残っているので…――――
ひたすら声をかけていると先ほど御縁様から香ったものとは別の香りがし途端に瞼が重くなった。
力んでいた腕は力が抜けていき身体全体からスルリと垂れ下がってしまう
「気にせず寝ておけ。」
最後に聞こえた声音はやはり優しいもので耐えられずに意識が遠のいていった…
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