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11.夢
・・・・・・・・――
『君・・・一人でいると危ないよ?』
『ぁ・・家には・・・帰れなくて』
目の前に立つ少年は自分よりも大きく、制服を着ているから中学生くらいだとわかる。
前髪が少し長く表情がわかりにくいが口元を緩ませながら落ち着いたトーンで声をかけてきた。
それに対して言葉を発している意識はないのに自動的に自分から相手に返答がかえる。
(これは・・・なんだろう)
ふわふわとした感覚の中に懐かしさまで。
今はその会話の続きが気になった。
『そっかぁ・・・じゃぁ帰れるまでお兄ちゃんと遊ぶ?』
『ぇ・・・』
少年は少し気まずそうに誘ってくる。
目線を合わせようと腰を低くさせながら話しかけてくれる姿からは疑いなどは感じられない。
むしろ誘ってくれたことが嬉しくホカホカする。自分は照れているのだろう、そわそわする気持ちが感じ取れる。
『いや・・・かな?』
少年は気を遣ってか再度訪ねてくれる。
『いやじゃない!・・・嬉しぃ』
すぐさま顔を上げ大声で返答した、勢い余って恥ずかしくなり最後の言葉はこぼすように発せられた。
自分はよほど嬉しかったのだろう。
いつもは1人遊んでいても周りは遠回しに様子を伺うばかり、遊ぶ輪に声をかける自信もない、そんな自分に初めて声をかけて誘ってもらえた喜びを逃したくはなくて。
そこでハッとする。
何故自分はここまでわかるのか、第三者目線だったさっきまでと違い今はよくわかる、知っている。
(知ってる・・これ・・・俺の大好きな時間)
その出会いからほぼ毎日お兄ちゃんはあの場所で待っていてくれる。走っていけば必ず受け止めてくれ、優しい声と大きな手で頭を撫でて褒めてくれる。
ある時は砂場で遊び、ある時は鉄棒を教えてくれ、時には自分が興味ありそうな本を持ってきて読んでくれた。
今まで経験したことのない暖かさに触れてそれがどんなに幸せな時間だったか。そんな時間を思い出す。
『俺・・・お兄ちゃんといる時間が一番好き!ずっと・・・・・・・』
大好きだった。お兄ちゃんと過ごす時間もお兄ちゃんも、だから何か大事な事を言ったんだと思う、だがだんだんフェードアウトしていくと共に意識も引っ張られていく。
・・・・・・・・――
体の重みを感じ瞼を動かす。
「ん・・夢か・・・懐かしい夢だったな・・・お兄ちゃん」
身体をゆっくり起こし時計を見ると既に時間は夕方だった。
身体はある程度動けるようになっており、乾いた喉が気になりひとまずキッチンへ向かいそれらしき棚を開けていきコップを探す。
二つ並ぶ白いコップを見つけ冷蔵庫にあったみずを注き一気に飲み干した。
カラカラだった喉が潤い声も出しやすくなる。
スッキリしてコップをすすいでいると何かが聞こえた。
RRRRRR♪ RRRRRR♪
突然携帯の着信音が鳴る。
即座に手を拭き携帯を探す。
RRRRRR♪ RRRRRR♪
(多分バッグの中のはず・・・バッグ・・どこ!?)
昨日は自分で荷物を持って帰ってきてはいなかったためバッグを探すところから始まる。玄関、リビングと探していく。
RRRRRR♪ RRRRRR♪
どんどん迫る音に焦りを増し寝室の隅に置かれたバッグを見つけて急いで手を伸ばす。
RRRRRR♪・・・・――――・・――――――――――
しかし手に取った瞬間には切れてしまった。
携帯の着信履歴を見ると『若頭』と出ていた。
そんな名称を使うような人は身近では知らない、更にこの携帯は渡されたもので登録されてる人も全部は把握していない。
「若頭?誰?・・・間違い?」
多分御縁さんと関係がある電話だとはわかるがそのような世界の人にこれ以上関わるのも怖く折り返しもできずにただただ携帯の画面を見つめていた。
だが大事な電話ならまたかかってくるだろうと深く考えるのをやめた。
特にする事もなく、テレビを見たり課題を進めたり気を紛らわしていたが・・・これからの事を考えると不安ばかりが募る、どんなに考えても答えの出ない問題に頭を悩ませて書き進めようとしていたペンが何度も止まる。
すると、部屋に響くインターホンが意識を引き戻させた。
ピンポーン♪
(!?)
恐る恐るインターホンの画面を除くと怖い目つきをしたスーツの男性が立っていた。
見知らぬその怪しげな相手に背筋が硬直し何事かと心臓が跳ねる。
「は・・・はぃ」
なんだかわからず、だが反応をしないことでの恐怖も捨てきれずボタンを押し取り合えず反応をする。
するとインターホン越しの男性は見た目からの印象とは裏腹にとても丁寧にカメラに向かって頭を下げ挨拶をしてきたことに拍子抜けというほどではないが少しだけ恐怖心が和らいだ。
「お疲れ様です。自分は若頭・・いえ、御縁諒さんの部下のもんです。よろしいでしょうか?」
(若頭⁉︎御縁さん・・って)
疑問が増えるなかあまりにも丁寧に話してくれる男性にこちらも緊張が緩み、御縁さんの部下の方と聞き一応は安心する。
待たせるのも申し訳なくとりあえず御縁さんの名前を出したことから大丈夫だろうと反応した。
「はぃ・・・今開けます。」
とりあえず解錠して中へ招き入れる。
玄関から先には上がらずその場で軽く頭を下げてきた。
「改めまして、自分は若頭から護衛を任されました工藤と言います。以後よろしくお願いします。」
「・・・柳瀬 清です。」
顔を合わせ再び挨拶をしてもらったので礼儀として自分も戸惑いながらも軽く挨拶を返す。
しかし突然護衛と言われても理解できず動揺してしまう。
「若頭から様子を見てくるように言われたんですが何かありましたか?」
質問の返答に言葉が詰まる、何かというよりこの状況すら飲み込めていないことしか頭には浮かばなかった。
工藤さんの話から察するにやはり着信画面の『若頭』とは御縁さんの事だった。先程の連絡に出られなかったため確認に来たのだと理解しそこまで監視されていることに不安が拭えない。
そのためか余計なことは言わないように。
「いぇ、特には・・・・ただぁの・・お伺いしたいんですが御縁さんは・・若頭・・なんですか?」
俺は気まずそうに聞いてみた。
工藤さんもそれほど気にする様子もなく端的に答えた。
「はい。御縁組 若頭です。」
そちらの世界の方で偉い方だというのは見てわかっていたが。
憶測が確実なものへと変わると体の中をめぐる血の気が引いていく…
同時に体がよろけた。
「・・・顔色が優れませんが大丈夫ですか?」
俺の様子に心配して工藤さんは自分を支えようと玄関の段差を乗り出してくる。一瞬その行動に脅えグッと足を踏ん張りバランスを取り戻す。
そして取り繕うように表情を作り謝罪をする。
「す・・すみません。大丈夫です・・少し驚いてしまって・・・」
「そうですか・・・必要なら医者を呼びますが。」
そう言い工藤さんまで不安げな表情をしているのに気づき再度大丈夫だと伝える。
工藤さんは心配がぬぐえないような表情をしながら退いてくれた。
「では、他に問題がないようであれば自分は失礼します。」
「はぃ・・・」
工藤さんは玄関入口を出て閉める瞬間までこちらの様子を伺いながら去っていった。
なんだったのかとわからないまま部屋に戻る。
ソファに背中を預け天井を見る。少し目を閉じ落ち着かせ。
少し深呼吸をしてから再び課題に手をつけ始めた。
結局はあまり進まなかったが時間は程よく潰すことができた。
ガチャ・・・
日が暮れ外はもう暗くなった頃、玄関から音がした。
昼間のインターホンとは異なり当たり前のように扉を開けてくる様子に自然とその人物の予想がつく。
不安を隠せず何も言わずに大人しく座っているとリビングに現れた御縁さんはソファに腰掛けるなり隣に座る俺を抱き寄せ自身の膝の上に乗せた。自分も下手に逆らおうとはせず。
気づけば身体はすっぽりと御縁さんの腕の中におさまり。
優しく頭を撫でてくれる掌は昨夜の行為をした相手とはとても思えなかった。
あり得ないとは思うがその行動はまるで甘える子供のようだった。
(一体俺をどうしたいんだよ・・・)
そう考えるのは何回目だろうかわからない。だが今この沈黙は少しだけ心地よく感じた。
さっきまで機嫌を損ねるようなことしないようにと気をはっていたのになぜか懐かしさを感じ瞼を閉じようとした瞬間。
「今朝なんで電話にでなかった。」
どっしりとした低音が再び体を硬直させ
突然の問いに焦る…。
昼間の着信を思い出し再び不安が込み上げてくる。何も怪しいことはしていない正直に答えるだけなのにそれが戸惑われたのはまだある不安からだろう。
「す・・すみません。携帯を・・見つけた時にはもう切れてしまっていて・・・」
「履歴にも『若頭』・・とあったので・ま・・間違いかと・・・」
御縁様から視線を逸らしながら慎重に言葉を選ぶ。
(信じてくれるだろうか?)
もし信じてもらえなかったらまた・・・
また昨夜のような行為をされるのかと心臓が早鐘をうつ。
「そうか、次は必ず出ろ。」
「え・・・あ、はい」
不意をつかれたような感覚で帰ってきた言葉はあっさりとしていた。
するとまた子供をあやすように壊れ物を扱うように優しく頭を撫で始める。
(予想外の言葉で驚いた・・・怒られると思っていたがまさか心配・・してくれたのだろうか)
淡い希望のようなものを抱いてしまう。
混乱していたのにその胸の中はあまりにも心地よくてつい身を委ねながら重い瞼を閉じる。
最近は不思議と眠りやすくなっていた。
以前までは枕を変えようが寝る前に本を読もうが眠りが浅かった。自分では全く眠れていないわけではないのでそこまで気に留めていなかった。
何故だろう。いきなり振り回されて、あんな行為までされたのに…だが今は御縁さんに縋りたい気持ちが見え隠れし、どこか安心している自分がいる。
あれから数日後、バイト先にも謝りに行き正式に辞めた…オーナーは見るや否や自分に『体調は大丈夫』かと肩を掴まれながら勢いよく聞いてきた。普段温厚な方が動揺している姿に少し驚く。
お互い落ち着いて改めて話し始めるとオーナーは怒ることなく残念だと受け入れてくれた。
『無事で安心しました。君は即戦力でしたし、また戻りたくなったら是非こちらからもお願いしたいです。』
その言葉が胸に刺さる。こんな形でなければと
(お世話になったのに本当に申し訳ない。)
(だが・・・このままでいいとは決して思ってない)
きちんと解決してまた許してくれるならここでまた働きたいと密かに思っていた。
ある夜、この部屋に来てから久しぶりに眠りが浅い時があった。
(首元がくすぐったい・・・)
もぞもぞと首に何かが当たる違和感。
薄く瞼を開けると数本の黒髪が肌を撫でる。
そして深く小さな声で聞こえた。
「愛してる・・・早く全部俺のものになれ」
(この声、お兄ちゃん?)
寝ぼけて夢と現実が重なる。
目を開けるとそこにいたのは懐かしいあの頃大好きだった人ではなく…
先日自分を犯した男だった…
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