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家族と子どものポルカ#2

「気分が悪くて、だるさと吐き気がある、と。脈は少し早いですね。熱はなし。他に?」  村岡は診察室で、内科の医者を前に少しためらった。これは関係ないかもしれない、と思う。  なんでも言ってください、と医師が優しく促す前に、隣で付き添っていた天馬がちょんちょんと村岡の袖を引っぱった。 「気になることはなんでも言ったほうがいいよ」  村岡はこくりとうなずいた。 「あの……胸がちょっと、痛くて」 「心臓? 肺のあたりですか?」  聴診器をつける医師に、村岡は困った顔になる。 「えと……というか、なんていうか……胸が張って? 痛いんです」 「胸、見せて」  村岡はおもむろにトレーナーと下に着ていた防寒用のカットソーを捲りあげた。天馬は目を逸らす。いつだって、恋人の胸に欲情する準備はできているのだ。  医師は丁寧に村岡の胸に触れた。 「ここらへんが痛いのかな?」 「はい。一週間くらい前から張ってて……」  村岡は少し恥ずかしそうだった。医者は手を離すと、服を元通りにするように言った。パソコンのカルテに何事か入力する。  丸眼鏡を掛けた初老の医師は、振り向くと、「妊娠検査薬、やってみましたか?」と言った。  村岡と天馬は目を丸くした。しばらく言葉が出てこなかった。 「妊娠検査薬、って……。そ、それ、って……」  村岡がつぶやくと、天馬は後ろから、「もしかして……!?」と声を昂ぶらせた。医師はうなずき、なにかをプリントアウトした。出てきた紙をクリアファイルに挟み、村岡に手渡す。 「それ持って、D-6の『男性妊娠専門外来』に行ってみてください」  二人は診察室から出た。村岡が天馬を見上げる。村岡の茶色の目はうるんで、きらきらと光っていた。期待と興奮で、気持ち悪いのも束の間吹っ飛んだ。 「りょ、了介さん……! もしかして、おれ……に、にんし……」 「おめでたかもしれないぞ、征治!」  天馬が叫んで、村岡の手をぎゅっと握る。待合室で待っている患者たちが、ちらりと二人を見た。村岡も手をぎゅっと握り返す。 「おれたちの、赤ちゃん……!?」 「いや、まだわからないぞ。ちょっと、冷静になろう」  天馬は深呼吸をしたが、顔には笑みが浮かび、目は村岡と同じように輝いている。 「とにかく、『男性妊娠専門外来』に行ってみよう」  はい、と元気に返事をし、二人は勇んでD-6ブロックにある「男性妊娠専門外来」へ向かった。  同性愛者の権利や多様な性的指向、その生き方などが社会的にも認知されはじめてはいるものの、まだ偏見に晒されたりと、風当りの強さを実感している者も少なくない。  そんな中で、天馬と村岡は恋人同士で、同棲している。マンションの隣り近所の住人たちは、ある日越してきた村岡に対して、深くコミットはしていないが、たまにエントランスや部屋の前で会うと、明るく挨拶してくれる人だなと思っている。そして先住の天馬との関係性に興味津々だった。  村岡の同僚や上司は、彼が天馬と付き合っていることを知っている。村岡がゲイであることをカミングアウトしたのは、彼が天馬と付き合いはじめてからだ。  村岡の父親と祖母は村岡の恋や生き方を応援してくれているが、母親は未だに「征治がゲイなんていやよ」と言っているという。そして、恥ずかしいからと、地元ではその話を口にしないよう、夫と祖母に頼んでいるという。  天馬は、たまに仕事を手伝う元同期、今池にしか、男と同棲している話はしていない。  そしてまた、男体妊娠に対する風当たりは強く、珍しいことゆえに、男体妊娠の当事者たちは同性愛者よりもさらに奇異な目で見られるのだった。  そんな時代、そんな国で、天馬と村岡は新しい命を授かったのだった。   「おめでとうございます。三か月ですよ」  エコーの機械を手に、にこにこと笑う産科医の言葉に、村岡はベッドの上で体から力を抜いた。泣きそうになっている。 「ほんとですか? 間違いないですか?」 「ええ。間違いなく、妊娠三か月目です。おめでとうございます、お母さん、お父さん!」  急に母と呼ばれても、村岡は素直に受けとめていた。目を輝かせ、こくこくとうなずく。 「やったな、征治!」  天馬もはしゃいで、ベッドに横たわる村岡の手を握りしめた。医師もなんだかほっとした顔だ。 「女体妊娠の方と比べて、男体妊娠の方は特に、お二人とも親御さんになられたことを受け入れにくい場合が多いんですが、あなたたちは違いますね」 「おれと了介さん、ずっと子どもが欲しくて!」  村岡はうるうるした目で医師を見上げた。 「に、妊活、してたんです」 「ご希望が叶ってよかったですね。順調に発育しているようですよ。性別はまだわかりませんが、この先知りたいとは思われますか?」 「えっと……」  村岡は天馬と目を合わせ、にこっと笑った。 「了介さんと、相談して決めます」 「わかりました。……では、起きあがってください。『妊娠のしおり』をお渡ししますね。また、定期健診にいらしてくださいね」  服を下ろし、ありがとうございますと言う村岡はにこにこだった。頬が赤く、気分の悪さはまだ少し続いていたものの、うれしかった。天馬もにこにこしている。 「それで、ですね」  立ちあがった二人に座るように促し、医師はしっかりと目を見て言った。 「男体妊娠は数が多くありません。偏見もありますし、奇異な目で見られることもあります。どうぞ、お二人だけで抱え込まないように。不安や心配事、悩みがあれば、わたしたちや専門のスタッフになんでもご相談くださいね。全力でサポートします」  はい、と答えて、天馬も村岡もほっとした。  子どもはずっと欲しかったが、結婚すら認められていない二人である。不安もあったのだ。 「よかったな、征治。頑張ったな」  会計に向かいながら、天馬はそっと村岡の肩を抱いた。村岡も、他の男体妊娠の患者たちがいる待合室を抜けながら、このときはすでに泣いていた。 「よかった……。了介さんも、ありがとう。おれたち二人で頑張りましたもんね」  へへっと笑う村岡が可愛くて、天馬は頭を撫でる。うれしさに包まれたまま、照れ隠しのようにふざけたことを言う。 「あー、でも、これで当分はセックスできないかな。征治の体のことを考えると」  村岡はぽっと赤くなり、ぎゅっと抱きついた。 「ふ、深くしないなら、いいんじゃないですか……?」 「どうだろうな。そのこと、訊いておけばよかった」 「『出産のしおり』に書いてるかも!」  そう言って笑ったあと、村岡の顔がふと強張った。 「……家に、電話しないと」 「お父さんとお母さんとお祖母ちゃんに?」 「ええ。父さんとお祖母ちゃんは喜んでくれると思うけど……母さんはなんて言うかな。おれたちの子ども、喜んでくれないかも……」  つらそうな顔をする村岡を、天馬は力強く抱き寄せた。 「子ども生まれたら、一回、みんなで征治の実家にご挨拶に行こうな」 「ん。ありがとう、了介さん」 「こういうことは、みんなに祝ってほしいもんな」  こく、と村岡はうなずいた。 「おれ、身よりいないからさ。そのぶん、征治のご家族に祝福してもらいたい」  そう言って、天馬は体を離した。並んで歩きながら、村岡が年上の恋人を見上げる。 「了介さん。おれ、了介さんとの子ども授かって、とってもうれしい」  へへ、と笑う村岡の手を握り、「おれもだよ」と微笑む。 「征治との子ども、とってもうれしい。大切に育てような」 「ん!」  喜びの半面、不安もある。生活ががらりと変わってしまう。人目も気になる。  村岡は天馬と並んで歩きながら、唇を噛んでいた。生まれてきても、おれに懐かなかったら。愛せなかったらどうしよう、もし虐待してしまったらどうしよう。過敏になった心は悪いことばかり考えてしまう。  天馬の手をぎゅっと握って、無意識に不安を分散しようとした。  天馬は、おれも不安だよと言うように、村岡の手を握り返した。  それでも、やっぱり、二人はうれしいのだ。

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