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家族と子どものポルカ#3

 そして、妊娠五か月目である。  天馬はベッドに横になり、半分眠りかけた村岡の体を後ろから抱きかかえていた。  ワンピースタイプのスウェットを身につけた村岡は、女性ホルモンの影響で胸がわずかに膨らみ、腹ももう目立っている。膨らんだ腹を、天馬は後ろから撫でた。 「なあ、征治~……」 「んー……?」  村岡は眠そうで、うとうとしている。 「ムラムラするんだけど、どうすればいいかな……」 「ん……」  村岡は目を擦り、「ごめんなさい」とつぶやいた。 「おれ、お腹に赤ちゃんいるから、そういうことできない……」 「わかってるよ。言ってみただけ」  本当は爆発寸前なのだが、ぐっとその心を殺す。欲情なのか、恋人を取られた寂しさなのか、天馬本人もわからなかった。 「赤ちゃん生まれたら、いっぱいしましょ、ね?」 「でも、……寂しいんだ」  ぽつりとつぶやく。子どもを授かってからというもの、村岡の生活は赤ちゃん一色になった。赤ちゃんや育児に関する本を読みふけり、休みの日にはベビー用品の店を覗きに行き、公園のチェックにも余念がない。ノートを持ち歩き、日々の体調や思いつくままに男女二パターンの名前をメモして、いつも子どものことを考えている。  母親の自覚満載で、天馬もたしかにうれしかったのだが、しかしだんだん、征治がおれのほうを見ていない、と思いはじめた。妊娠がわかって、少し経ってからだろうか。  村岡は口を開くと子どものことばかりだった。  そして、あんなに淫乱だったのに、ぱったりとセックスをやめた。  妊娠するまでは、二日に一回は求めてきたと言っても言い過ぎではなかった。気持ちいいことが大好きで、妊活にかこつけてセックスがしたかった、という面もあった。  だが、今はまったくしたいと言いださない。妊娠がわかって病院から帰る日、「深くしないならいいんじゃないですか」と言っていたのに。  天馬はだんだん、子どものことを話さなくなった。代わりに、ハムスターのハムちゃんとよく遊んでいる。カラカラと回し車を回すハムちゃんを眺めて、ぼーっとしていた。  だが、幸せそうな村岡を見ていると、寂しいとは言いだせなかった。我慢するべきだと思っていた。  この日、思い切って、寂しいと口にしてみた。村岡はしばらく黙っていたが、そっと言った。 「了介さん、寂しいんですか?」 「ああ。寂しい」 「……おれが赤ちゃんのことばっかり話すから?」 「……うん」  しばらく、あたりはしんとした。闇の中、枕元のオレンジのランプがあたりをかすかに照らし出していた。 「ごめんなさい」  口を開いた村岡の声は、かすかに震えていた。 「おれ……つわりでときどき仕事を休むようになってから、なんだか、人目が気になりだして。同僚たちの目が……。みんな祝福してくれるけど、『男なのに妊娠するなよ』って言われてるような気がしてきて。お腹が大きくなりはじめてから、図書館で仕事してると、お客さんの目も気になりだしました。みんな、じろじろ見てくるんです」  痩せた肩が上下している。天馬は後ろから、ぎゅっと抱きしめた。 「病院に行ったとき、看護師さんたちに相談してみたけど、慰められるだけで……。でも、我慢しないと、おれが子ども欲しいって願ったんだんだから、わがままだなって思って。……了介さんはあまり子どもの話をしないから、もしかして、子どもできたの、嫌なのかなって思って……」  くすん、と鼻を鳴らす村岡の頭を、天馬はそっと撫でた。 「おれも征治を追い詰めてたんだな。すまなかった。征治がおれのほうを見てない気がして、寂しかったんだ。それで、おれも子どもの話をしなかった」  村岡の体を抱きしめる。首筋に顔をうずめて、ささやいた。 「ごめんな。子どもができたことは、本当にうれしいよ。征治との子どもが欲しかった。その思いは、今も変わっていない。でも、征治に負担を掛け過ぎてたな。偏見とか、悪意を身に受けるのは征治なのに。そのこと、気づいてなかった」 「……了介さん」  ぽろぽろと涙が流れる。村岡は重いお腹で寝返りをうち、天馬の顔を見つめた。涙に濡れるその顔に、天馬は黙って見惚れた。  村岡は天馬の首に腕を回して、微笑んだ。 「ありがとう、了介さん。おれ……了介さんに、話しすればよかった」 「おれも、征治に寂しいって正直に言えばよかった」  顔を見合わせて、お互いほっとして笑った。天馬は村岡の涙を拭った。村岡は頬に触れる天馬の手に手を重ねる。しばらく黙って見つめあった。  天馬の手が顎に向かってすべり降りる。村岡は天馬の親指を甘噛みし、ちゅぱちゅぱとしゃぶった。 「久しぶりに出たな、その癖」  甘噛みされながら、うれしそうな顔をする天馬。相当に心を許した相手に対して出る、村岡の癖なのだ。村岡は恥ずかしそうな顔で指をしゃぶっている。うるんだ三白眼が上目遣いになっていて、その目にじっと見つめられた途端、天馬の股間に電流が走っていた。  しかし、それを口に出したら征治の負担になる、と思った。ぎゅっと下腹部に力を入れて、我慢しようとする。怖い顔になった天馬を見て、村岡はふふっと笑った。頬がかすかに赤い。 「了介さん、したくなっちゃった?」 「ば、ばれたか……」  天馬も赤くなる。しばらく互いに、初夜の二人のようにもじもじしていた。  村岡は、ちゅっと天馬の唇にキスした。ずいぶん久しぶりのキスだった。 「お、おれ、赤ちゃんいるから、そういうことはできないけど……。口でよかったら、します」  赤くなってはにかむ村岡に、天馬の股間がさらに角度を増す。そのいじらしさに、食べてしまいたい、と思う。村岡の目を見つめ、耳元でささやいた。

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