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第7話
馬鹿なことを、姉が差し出されてもう十年近く立っているというのに、そう思いながらも、イリスは邪竜の根城周辺をくまなく調べた。血がしみ込んだ跡、若い娘が好みそうな装飾の残骸を見つけては、ここが姉の最期の場所か、いいやあそこかと絶望した。その身に起こったであろう悲劇を、痛みを想像しては涙を流した。
仇を討つ。その気持ち一つでこの十年を過ごしてきた。だが、積年の思いはイリスから考えることを奪った。邪竜を殺めた後、己が何をなすべきなのか、まるで考えてこなかった。いや、気が付かないふりをしていた。
――勇者の皆さまだ!――
――英雄、イリス殿――――ありがとう、ありがとう――
人々の笑顔を見るにつけ、イリスは思い出してしまう。もう、見ることは叶わない姉の笑顔。本当に喜んでほしかった人はもういない。
(そんな顔で見ないでほしい)
心の中に湧き出た黒い染みに、イリスはぞっとした。眼前にいる人々は、純粋に喜んでいるだけなのだ。自分を慕ってくれているだけだ。
(何で、この人達は生きているのだろう)
それなのに、俺は、どうして、そんな酷いことを考えられる!?
俺のように悲しい想いをする人が、一人でも減ったのなら、それでいいじゃないか。
(お前は、満たされないのに?)
違う。他にももっと、苦しんでいる人がいるかもしれない。俺は、その人を救いたい。それが、俺の思いだ。
イリスの心は二つに別れてしまった。
(他人がどんなに幸せになろうが、苦しもうが、結局俺の心は、変わらない。ただ、苦しい。辛い。姉さんも母さんも、俺のせいで死んだんだ。その事実は、邪竜を殺そうが変わらない。邪竜さえ討てば、変わると思っていたのか?盆から溢れた水は、盆の中には戻らない。)
こんな感情を、穢れを知られてはいけない。皆はそれを望まない。
皆が求める勇者を演じなければ、ならない。たとえ、本心でなかろうと。
(俺は、誰よりも俺の口から出る言葉に嫌悪している。そして、そんな俺の言を信じる人々にも。一体お前たちは、俺の何を見て、何を感じる?俺を聖者と本当に信じているのか?だとしたら・・・・・・)
騙していることへの後ろめたさと、その愚鈍さへの侮蔑。そして、己の胸中を知られることへの恐怖。イリスは自暴自棄になっていた。
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