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第8話
あれは何度目のことだったろうか。慰問に向かう途中、一行は賊に襲われた。
イリスにとっては、あくまで邪竜と魔物だけが敵だったということもあり、彼が人を相手にする場合は、武器を破壊したり気絶させたりと、極力傷つけないようにしてきた。
しかし、この時は嬲るような真似をしてしまった。恐らく、若い女から剥いだであろう衣類が、懐から覗いていたからだろう。相手はすっかり戦意を消失していたというのに、逃げられないよう馬乗りになり、刃を相手の眼前でゆっくりとふり落とす。耳障りな汚い悲鳴が聞こえる。人から金品、命を奪おうとした者が何という様だ。もっと綺麗に死ねないものか。姉はきっと、死が眼前に迫ってたその時でも、お前のような醜態は晒さなかったはずだ。そんなことを考えながら、乱れ動く光彩へ狙いを定めた。眼球をまであとわずかという時に手が動かなくなった。
横目でみても分かる堂々たる体格。リカルドに後ろから手を掴まれ、体を持ち上げられる。「失せな」とその一言で、賊を追い払った。一目散に逃げた賊の情けない悲鳴が遠くで聞こえる。その後、一呼吸置いてからイリスにこう言った。
「らしくねえぞ」
ああ、そうだ。英雄は、こんな所業はしない。こんなことをしてはいけないんだ。しかし、らしくないとは何なのか。俺らしいとは、どういうことを指すのか。リカルドから言われたこの言葉が、耳から離れなかった。
その後の展開を、イリスはよく覚えていない。気が付けばリカルドの屋敷に泊まることとなり、客室のソファーに座りぼんやりと天井を眺めていたのだ。
天井観察が終わったのは、扉をノックされたからである。部屋に通されてからというもの、ずっとぼんやりとしていたせいか、辺りはすっかり暗くなっていたことに気が付く。
扉を開けるとそこには片手にトレーを乗せたリカルドがいた。
「家主が給仕とは」
「まあ、そういうこともあるさ。入ってもいいか?」
「断るはずがない。礼を言いたいくらいだよ」
リカルドはテーブルの上に二つコップを置く。ほんのりと湯気が立ち上るそれは、色からして牛の乳を温めたものだろう。テーブルを挟んで向かい合って座ると、リカルドがこう切り出した。
「何か思いつめてるみたいだったからよ、まあ、これでも飲んで休んだらどうだ」
「ありがとう。いただきます」
甘く優しい味が口内に広がる。不思議なもので、確かに気が休まったような気がする。ただ、それは一瞬のことである。
「王族も人使いが荒いよな。どれだけ俺たちを狩り出せば気が済むんだって話だ」
「貴方だって、貴族だろうに」
「俺はまあ、貴族って言っても下級貴族だからな。じいさんが始めた商売がなきゃ、没落の一途をたどってたような家だよ。……まあ、俺のことはどうでもいいんだ。お前だよ、お前」
いつになく真剣な眼差しで見つめられ、イリスはたじろぐ。この男には何もかも見透かされている。仲間として付き合ってきてから、隠し事ができた例がない。
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