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第9話
「貴方の目には、俺はどう見える?」
「俺好みの可愛い顔をしている」
「なっ、冗談はよしてくれ」
この男はイリスに対し、時折そんなことを言う。聞いた話では、リカルドは気に入れば性別について気に留めないということである。いわゆる両刀使いということだ。
そして、男色というのは、この世界では珍しい話ではない。邪竜に支配された世界、いつ命が奪われるか分からない世界。理不尽に奪われる人生ならば、本当に好き合った者と愛を誓いあうべきという風潮が根付いていた。今後それがどうなるかは分からないが、一朝一夕で廃れるものではないだろう。
一方イリスは同性、異性関係なく、色事に疎い。同世代の人間が惚れた腫れただの言っている間、修行や魔物討伐ばかり行ってきたのだから。姉が評判の美人だったように、イリスも顔立ち自体は整っていたが、普段から泥や魔物の血に塗れていては、その容貌など誰も知る由もなかった。
聖剣と使い手と称されるようになってからは、その容貌が人の知るところとなり、容姿について言及される機会も増えたが、何を言われても気に留めることはなかった。
ただ、初めてこの男に好みだと言われた時、何故か無性に恥ずかしくなったのを覚えている。今も、理由は分からないが、顔が熱い。器量良しといわれた方が、嬉しいような気がするのだが、好みと言われて悪い気はしないということなのか、イリスには答えが出せないでいた。
「いや、冗談じゃねえよ。だから、心配なんだよな。お前、邪竜を討ち取って心は晴れたか?」
頬から熱が引いていく。イリスは息を飲んだ。
「何を言うかと思えば……当然だろう。邪竜を倒し、皆の不安要素は取り除かれた。勿論、万事解決というわけじゃないが、皆心穏やかに暮らしている」
心が晴れたかという問いに対し、直接の答えを言えなかったのは、リカルドの青い瞳がイリスを見据えていたからだろう。海のようなその目は、全てを包み込むようで、本心を打ち明けてしまいそうだ。
「お前自身はどうなんだ?穏やかな心持なのか?」
「俺は、まだ、魔物を討伐する必要があるから、平穏な生活にはほど遠いのは、当たり前だ。貴方だって、一緒だろう」
「なら聞こうか。全てが片付いた時、お前は何をする?何がしたい?」
リカルドの投げかけに、イリスは黙るしかなかった。その場しのぎの言で、やり過ごせるほど、彼は話術に長けていない。それに感じ取っていた。腹を割って話さないと、痛い目にあうだろうと。
ただ、どこまで話せばいいだろう。己の胸中が空虚であること、人が理想とするような人間ではないこと。知られてしまえば、軽蔑されるかもしれない。さわりの部分だけ言えば、嘘をついたことにはならないだろうか。逡巡が、イリスを支配する。
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