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第10話

「すぐには思いつかないんだ。俺は、邪竜を討つことばかり考えてきて、倒した後のことを考えてこなかった」  これは嘘ではない。 「じゃあ、喪失感はあるか?」    普通なら、やり遂げた達成感に満ち溢れていると答えるところだろう。しかし、イリスはそうではない。  逃げ道が失われていく。いや、違う。この屋敷に招かれた時点で、全てを曝け出すしか道は残されていなかったのだ。逃げ道はイリスがあると思い込んでいただけで、存在していなかった。リカルドは初めから、全てを語らせるつもりでいたのだ。このじくじくと痛む胸中を。イリスは全てを悟り、一息ついた。このまま、一人悶々とした気持ちを抱え続けるのは、苦しいだけなのかもしれない。イリスはリカルドのことを信用している。この人になら、打ち明けたとしても、悪いようにはしないだろう。今までも、イリスが英雄として立っていられたのは、リカルドが後ろで支えていてくれたからだ。 「その問に答える前に、少し話しをしてもいいだろうか」 「ああ。話せと言ったのは、こちらだからな」 「これは、誰にも話したことがない。上手く伝えられるかどうかも、分からない」 「それは、光栄だな」 「貴方に不快な思いをさせてしまうかもしれない」 「俺がお前に対して、そんな態度を取ったことがあるか?」  イリスは首を振る。リカルドは一見軽薄そうに見えるが、その本質は思慮深く、冷静である。邪竜討伐のこととなると激情をむき出しにするイリスを、皆が気づかないところで制してきた。だからこそ、この男のことをイリスは好ましく思っていたのだから。    幼少期のこと、姉を失ってからのことは、リカルドだけでなく他の仲間たちにも簡単に話したことがあったために、比較的すんなりと話すことができた。表情も常と変わらず、笑顔を保つことができた。しかし、邪竜を討ち取ってからの、虚しさを抱えた自分のことを語るのは、イリスの中で抵抗があった。 「貴方は俺に、喪失感はあるかと問うたな」  リカルドは静かに頷く。 「そうだ。俺には何もない。姉の無念を晴らすことだけを糧にこの十年生きてきた。今の俺は、抜け殻のようなものだ」  イリスは笑顔を作り続けた。リカルドは表情を変えず真剣な面持ちのまま、話に傾聴する。返事は何もない。ここで、変に慰められないことも、指摘をされないことも、かえって心地良かった。 「いっそ、ただの抜け殻になってしまえれば、どれほど楽だったろうか。俺は、英雄としてあらねばならない。だというのに、人の幸せを妬んで、一人嘆き悲しんで……。本当は、英雄など務まる器ではない。ただただ、復讐の果てに邪竜の首を刎ねただけだ」

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