11 / 37

第11話

 目から熱い何かが零れ落ちる。それによって、取り繕っていた仮面が剥がれてしまう。勇者として、好青年としてのそれ。そこから臆病で執念深くて、弱い自分が顔をのぞかせる。己が情けなくて、恥ずかしくて、イリスはただ静かに涙した。せめて、無気力の中にあるのなら、他人の幸せに心動かすことなく生きられないものか。せめて赤くなっているであろう鼻を隠そうと、掌で顔半分を覆う。涙が伝う感触が不快だが、こうするしかなかった。 「お前にとっては、復讐の成果だとしても、人はお前の功績に光を見出した。お前はその事実について、恥ずべきことはない。むしろ誇りに思ったっていい」 「こんな理由で、邪竜を討ち取ったこの俺が……?」 「邪竜に復讐を誓った者は過去に何人もいた。過去聖剣を手にした者もお前と同じように、復讐を誓う者だったと聞いている。だが、誰も成し遂げなかった。お前は、生者を救うだけでなく、死者の無念をも晴らした。その事実に、どんな理由があろうと関係はない」 「死者の、無念」  聖剣を手にすることを許された時、確かにそういわれたことをイリスは覚えている。不思議な剣で柄を握っているだけなのに、かつての人々の思いが伝わってくるようだった。だからこそ、先人たちの無念を受け継ぎ、己がこの剣で邪竜の首級を上げると誓ったのだ。その誓いどおりの未来をイリスは築き上げた。そこは、確かに良いことだったのかもしれない。ただ、それでも納得できない部分が残る。    「でも、それでも、姉さんと母さんは帰ってこないんだ。姉さんを置いて俺だけ、明日をのうのうと生きろというのか?」 「お前は、生贄になった姉さんの選択をどう思っている」 「そうするしか、なかったから。俺がいたから」 「お前がいたからってのは、間違いないだろうな」  やはり、姉さんは俺のせいで死んだのだ。  第三者に言われると、自責の念よりも胸に大きくのしかかるものがある。イリスの唇から嗚咽が漏れ、涙は止まることを知らない。リカルドの方はというと、先程までの真剣な表情から動揺の色が浮かび、イリスの隣に座り直し、その背中をさすってやる。 「違う、違う、話は最後まで聞け!俺が言いたいのはだな、お前の姉さんはただ、失意のうちに死んだわけじゃないだろうという話だ」  その言葉を受け、イリスはゆっくりと顔を上げ、リカルドを見つめる。濡れた琥珀色の瞳は、今にも溶けてしまいそうで、哀れみに満ちていた。 「どうして、そういえる?」  震える唇から紡がれた言葉の響きは、あまりにも幼い。声は青年のそれだが、弱り切った彼は今、姉を失った直後の少年時代に戻っているのかもしれない。リカルドはそう思った。その無防備な様を見るにつれ、二十を超えた青年相手にすることではないと思いつつも、リカルドはその柔らかな頬に手を当て、言い聞かせるように語りだす。幾度も死闘を繰り広げたというのに傷一つない滑らかな肌と、救いを求めるような瞳が庇護欲を誘う。もともと年齢よりも若く見える性質だったが、まさかここまでとはリカルドも思ってはいなかった。 「お前の姉さんだって、そりゃ死にたくはなかっただろうさ。でも、お前が死ぬのを見るのはもっと嫌だったはずだ。お前がいたから命を掛けてでも、この大陸を守ろうと思ったんじゃねえかな。そこに、後悔も絶望もなかったはずだ」 「そう、だろうか」 「なら、もしお前が生贄に選ばれた立場だったらどうする?」  最早意味のないたとえ話だ。しかし、幼い日の中にあるイリスは、押し黙って真剣に考える。もし、姉の命を救えるのなら、自分の命なんかどうだっていい。たとえ、姉が泣いて自分を引き留めようとも、姉の未来が保証されるのなら。後悔などあるはずがない。

ともだちにシェアしよう!