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第12話

(姉さんも、同じ気持ちだった……?)  自分が姉の幸せを望んだように、姉も自分の幸せを望んでいたことに、今ようやく気が付いた。仕方なく生贄になったのではなく、未来のために。姉は希望を持って生贄になったのだと、気づかされた。そうだとすれば、姉を忘れていいはずがない。姉が望んだ未来を自分が生きられることを感謝しなければ、それこそ姉は無駄死にになってしまう。  イリスの瞳からは未だ涙がこぼれていたが、先程までの弱り切った表情ではなくなっていた。リカルドはそれを見て安堵し、手を頬から外した。 「……ありがとう、リカルド。貴方のおかげで、ずっと分からなかった姉の気持ちに気が付くことができた」 「おお、そりゃ何より」 「最も、それが真実かどうかは、確かめようがないことではあるが……。きっと後悔はなかったんだろう。そう思うことにした」  そう言い終えてイリスは、残っていたミルクに口を付ける。すっかり冷めてしまったそれだが、胸の内がじんわりと暖かくなるのを感じた。 「お前の悲しみは深いようだから、これからはゆっくりと心の傷を癒すといい。無理に感情を封じ込める必要はない」 「だが、皆の前では、悲観的になるわけにもいかないさ」 「それ以外の場面では、変に聖人面しなくてもいいだろ。俺の前ではさ、こんな風に泣きっ面見せたっていいわけだ」  耳元でそう甘く囁かれては。  リカルドは商人として一定の成功を収めたのは、勿論彼の商才によるところが大きいのだろうとイリスは思う。しかし、その精悍な顔立ちとこの声が大いに力を発揮しているのも否定出来ないだろうと考えている。前々からこの男の声は危険だと感じていた。体格に比例した低い声。しかしそれでいて、甘さを含んだ、ずっと聞いていたくなるような心地よさを持っている。  現に、声に注視するあまり、リカルドに泣き顔を見られていたどころか、肩を抱かれているではないか。イリスはその事実に顔を赤らめる。 「こういうことは、意中の相手に……」 「言っただろう?お前は俺の好みだと」  その美貌が眼前まで迫ってきている。伊達男は体臭にも気を使うのか、爽やかで好ましい香りが漂う。これ以上近づかれたら危険だと、イリスの中で何かが警鐘を鳴らす。 「俺の、本性を知って、幻滅しただろう?」 「まさか。やはり可愛いなと思っただけだ」 「……俺は、復讐者だ。貴方に、よく思われる要素が、ない。貴方は、聖剣の守り人だから、俺に良くしてくれるだけだろう?」  聖剣の守り人。  それが商人リカルドのもう一つの顔である。  聖剣はとある神殿に報じられている。その神殿の扉は聖剣の守り人と呼ばれるリカルドの一族にしか開けられないようになっている。つまり、聖剣を手にせんとする者は、聖剣に認められる前に、聖剣の守り人からの信頼を勝ち取らなければならなかったのだ。

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