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第14話
イリスは驚いたものの、されるがままになっていた。肩幅の違い。体格差。自分よりも大きなものに包まれる安心感。久しく忘れていた感覚だった。
これまでは、勇者として人々の盾にならなければならなかった。守るべき存在がいることは誇らしかったし、自身の士気を大いに高めたのは、事実である。
しかし、本当は不安だった。民の盾になる自分を守るものがいないこと。勿論、リカルドを初めとして頼れる仲間がいた。だがイリスにとっては、彼らは頼れる仲間であると同時に、人々と同じように自分が守らなければならない存在だった。
「嫌なら、振り解いてくれ」
その問に、イリスは答えない。ただ、その肩に顔を埋め、逞しい背に腕を回した。
リカルドは、思わず息を飲んだ。口ではそう言ったものの、拒絶されなかったことに、安堵したからだ。勿論、かの勇者が自分を受け入れたわけではないだろうとは分かっているが、それでも嬉しかった。
「俺は、ずるい。貴方の優しさに、甘えて」
剣を握り締め、硬くなった指先が背を這う。その手は、震えている。リカルドはふっと笑い、自身より幾分華奢なその背を撫でてやる。
ああ、出会った当初から分かっていたことだが、この青年は本当に真面目だ。いくら二十歳を過ぎたとはいえ、まだまだ人に頼りたいこともあるだろうに。
頼ることにも罪悪感を感じている。恐らくは、自ら運命を選んだ姉への罪滅ぼしだろう。リカルドは、そう理解した。
「構わない。それで、お前の気が紛れるなら」
「駄目だ。こんな、こんな、はっきりしない心持ちで、貴方の愛にすがるわけには」
懺悔のように絞り出された声は、涙交じりのものだ。その様は、あまりにも哀れで。リカルドは抱きしめる力を強め、体をより密着させる。壊れ物というわけではない。街の娘と比べれば、鍛えられ締まった印象を受けるその肉体が、消えてしまわないように腕の中に閉じ込める。
「ずるいと言えば、俺も同じだ。弱り切ったお前につけこんでいる」
イリスに正常な判断ができる時分であれば、こんなことを許しはしないだろう。リカルドは、そう思っている。
「いいや、やはり、ずるいのは俺だ。この感情が、何なのか分からない癖に、貴方にすがりたいと思っているんだから」
「いいさ。今、お前の他には俺しかいない。誰もこの行為を咎めるものはいない」
だから、安心して泣くがいい。リカルドがそう囁くと、再び小さな嗚咽が漏れる。十年間我慢してきたものが、一気に溢れだしたのだから、しばらくはこんな状態が続くのだろう。この青年が無理をしていること、ため込んできていること、リカルドは全て知っていた。姉の話をする時、一瞬だけ見せる沈痛な面持ちを旅の途中で何度も見てきた。それだけではない、聖剣を獲得する時、イリスは聖剣へ誓いを立てたが、その時の何とも危うい表情。
この青年は復讐を遂げた時、崩壊する。
それは何としても止めたかった。仲間としても、イリスを想う者としても。
そんなことを考えていると、腕の中の愛しい存在が静かになっていた。何事かと思い、様子を伺うと、小さく寝息を立てていた。邪竜を討ち果たしてからというもの、まともに睡眠が取れていなかったのだろう。改めてその相貌を見ると、目の下にはうっすらとクマができていた。完全に脱力した体を持ち上げ、ベッドまで運んでやる。
「おやすみ、イリス。いい夢を」
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