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第19話

イリスはかつて、魔物の討伐隊に属していたことがある。最初は、父が指南役を務めていた東方支部に。功績を認められ、王都にある本部へ移ってきた。支部でも本部でも、寝込みを襲われそうになってからというもの、人の気配を感じると、自然に目が覚めるようになってしまた。 ある者は呼吸を荒げ、またある者は血走った眼で、寝首をかこうとしてきた。 仲間同士の抜き打ち試験か何かだったのだろう。全て、返り討ちにしてきた。 実際はその愛らしい容姿から手込めにされそうになっていたのだが、イリスはそのことを知らない。その方が、幸せだろう。 討伐隊では、常に死と隣り合わせな環境だったからか、兵同士のいざこざが見られた。 当然痴情のもつれも、イリスは目にして来た。だから、リカルドの昨晩の対応は非常に紳士的に思えた。昨日、泣き崩れたところを言いくるめて、そのまま……ということもできたはずなのに。 いや、そういうことはしない男だ。それは、今までの付き合いからもわかる。だから、昨日も驚きはしたが、嫌悪することは、なかったのだ。 衣類を取り出したところで、イリスは鞄に入れていた瓶を見つける。 香り水。 言わば体臭隠しである。イリスがそう言うと、リカルドはエチケットだよと苦笑いしていたのを覚えている。 リカルドが取り扱っている商品で、一つもらったものだ。王都周辺の風習に疎いイリスを案じての、配慮だったのだろう。 イリスの生まれ故郷は、潤沢な水源があり、湯浴みの習慣が根付いている。そのため、あまり体臭を意識することがなく、香り付けは、大衆文化にはない。富裕層の間では近いものがあると聞いたことがあるが、イリスは詳細を把握していない。 一方、王都周辺は水源に乏しく、湯浴みの風習は王族、一部の貴族に限られた。庶民には汗を流す方法はあれど、完全に落としきることはできなかったのだ。香り水は、少ない資源で、不快さを軽減するための知恵だったのだ。 もっとも、今では魔術の発達により、庶民でも湯を使うことは可能となっているが、香り水の文化は残っている。 登城の時や、汗の臭いがしては失礼な場合に使っていたが、イリスはここでふと閃いた。 今も、その時ではないのか。 中身を首筋と手首に吹き付ける。ふんわりと残る甘い石鹸のような香りは、イリスに似合うだろうとリカルドが選んだものだった。 そんな善意からの贈り物を、こんなことに使うとは、本当にどうしようもない。イリスはまた、己を恥じる。 部屋から出て、ふと気がつく。屋敷の主たるあの人の部屋は、そもそもどこだ。正直、使わせてもらった部屋には、惨状が残っているから、あまり離れたくはない。 南無三。と思った矢先、鳶色の髪が視界に入った。

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