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第20話
「リカルド」
「よぉ、イリス。昨日はよく眠れたか?」
リカルドは、イリスに歩み寄りながら、そんなことを聞いてくる。
イリスは、思わず言葉に詰まる。昨日、あんなことをしておいて、あんな姿を見ておいて、あまりにもいつもと変わらないその様。こちらは、とんでもないことになったというのに。口に出してしまえば、墓穴を掘ることになるので、黙っておくしかない。
「……ありがとう。大丈夫だ」
「それは、何よりだ。当面の間は、ここでゆっくりしておけ。昨日も言ったが、お前には休息が必要だ。どのみち、次の慰問は延期になったそうだ」
「どういうことだ?」
「川が氾濫して、橋が流されたんだと。復旧しないことには、俺たちができることはないそうだ。今朝、サファイア姫の使いの者が知らせてくれた」
「そう、なのか」
拍子抜けとは、まさにこういう状況を言うのだろうか。イリスは当面の間、勇者の仮面を取ることを許されたことになる。
「で、俺を探してたのは、何でだ?飯なら、もうちょっとかかるみたいだぞ」
本題を忘れるところだった。イリスは、リカルドへ頼みごとをしなければならないのだ。
「……朝から申し訳ないんだが、湯を借してもらえないだろうか」
「構わないが、寝苦しかったか?」
「その、汗をかいてしまって」
嘘をついているわけではないが、心苦しい。
何故汗をかいたのか問われたら、死んでしまいたくなる。頼むから聞かないでくれ。イリスはそんな気持ちでいた。
その願いは叶えられたのだが、今度は別の問題が発生した。
リカルドの体が、段々近づいてくる。
この廊下には二人しかいない。静かな場所だから、近寄らなければ声が聞こえないということもないはずだ。扉の側に立っていたイリスは、そうこうしているうちに、壁とリカルドの体に挟まれてしまった。現状としては、どこにも逃げるつもりはないが、これでは、雲行きが怪しくなった場合に、危機的状況に立たされてしまう。
リカルドは、イリスを壁に追いやって何をするかと思えば、自身を不安げに見上げる顔、幾分華奢な体を凝視する。そこで何を思ったか、身を少し屈め、その精悍な顔を、無防備な首筋に近づける。
「っ……」
「これから湯を浴びるというのに、香をつけたのか?」
これ、俺が渡したやつだろ?
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