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第21話

 昨日に引き続き、男らしく、それでいて甘さを含んだ声が、イリスの鼓膜を震わせる。  イリスはここでようやく、匂いを嗅がれたことに気がつき、同時に失態を犯したことを自覚する。考えてみれば、確かにおかしな行為であった。何とか弁明を考えなければ、ここが正念場である。何故こんなことに真剣にならなければならないのかと嘆きたくなるが、そんな状況を作り出したのは、他ならぬイリス自身なのだから仕方がない。  ふと、リカルドの顔を見上げると、その表情は楽しげであった。おそらく、うろたえるイリスを囲ったこの状況を、面白おかしく思っているのだろう。    ええい、腹の立つ男。  そう思いつつも、この美男子を嫌いきれないイリスである。 「体臭を隠すのが、王都近辺のしきたりなんだろう。だから、汗臭いまま貴方を尋ねては、失礼だろうと思って……」  思考回路を極限まで働かせ、イリスは答えをひねり出した。もっともこれは、リカルドが以前彼に話した内容をそのまま返しただけなのだが、この状況を乗り切るために思い付いたのは、これしかなかったのだ。  リカルドの動きが止まる。  これで駄目なら、どうしようもない。社会的な死を迎えるしかない。イリスは、祈るしかなかった。日頃神などろくに信じてもいないくせに、こんなときだけ縋り付くのが、東部出身者に多くみられる傾向である。 しかし、そんな現金な人間にも、主は慈悲を与えてくれたらしい。 「いじらしいな。そんなことを気にする必要はないのに」  何が効を奏したのかわからないが、リカルドの海のような瞳に喜色が浮かび、その様が、日の光を受けて煌めく水面を思わせる。からかいの色が強かった表情も、その色が薄まっていた。  とりあえず、これ以上の醜態は晒さずに済むようだ。勇者として善行をしておいてよかったと、イリスは感謝する。感謝するところが他にもあるだろうと思わないでもないが、今はこの場面を乗り切れれば、それでよかったのだ。    しかし、本当にこの男の瞳は、綺麗だ。まじまじと見つめてしまう。  碧眼というのは、イリスの故郷では滅多に現れない。王都では、そこまで珍しい訳ではなく、あちらこちらにいるものだから、驚いたものだ。 「貴方だって、昨日、俺を尋ねてきた時、同じようにしていただろう」 「あ、わかったか?」 「わかるに決まっている。あんなに、近くにいたんだから」  それこそ、肌が触れあう程に近くにいたのだから。    そう言いかけて、イリスは口を開くのをやめた。自分からこの体に抱き着いたことを思い出してしまい、恥ずかしくなったからだ。 「昨日のはどうだった?」 「……爽やかな感じで、いい香りだったと思うが」  感じたまま伝えると、リカルドが真剣な顔で再び尋ねてくる。 「お前の好みか?」  この男、家中の者がこの場面に出くわしたらどう思うのか気にしないのか。その階段の先にでも、誰かいたらどうするのだろうか。   「俺の好みを聞いてどうするんだ」 「そりゃあ、お前に好かれたいからな」

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