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第22話

 好かれたい。  その言い方じゃ、俺が貴方を嫌っているようじゃないか。嫌いなはずがあるだろうか。イリスはその胸中で必死に意を唱える。ただ、その想いを胸中に留めたのは、リカルドの好きと自分が彼に寄せている感情が、厳密に同じなのか未だに判断しかねているからだ。  確かに仲間として、この男を一番信用している。王都に来たばかりの頃、邪竜を討つことばかりを考え、常に殺気立っていたイリスが街の人間に絡まれた時、リカルドが仲裁に入らなければ、王都の討伐隊で実績を残す前に除籍になっていただろう。聖剣を得られたとしても、世間から相手にされず、まともな支援も受けられなかったかもしれない。  感謝している。ただ、この気持ちの正体が分からない。何故、好かれたいというリカルドの発言が、引っかかるのか。自分自身の感情なのに、説明できないことがあるのかとイリスは戸惑っていた。 「まあ、それだけじゃなくてだな。お前は鼻がいいから、結構当てにしてんだよ」 「ああ、何の香りか当てたことがあったな」  ただ、それはイリスの資質というよりは、姉・アイノの受け入れであった。彼女は花が好きで、幼い弟に色々教えて回った。特に香りが良い花を好んでいたのを覚えている。三つ子の魂百まで。イリスの生まれ故郷に伝わる言葉だが、彼は大好きな姉がそうだったように、花を愛でるようになっていた。  姉が去った後、一時期彼女の好きだった花を見るのもつらくなったことがあったが、それでも心が癒された。  故郷に戻れば、あの花たちは自分の心を慰めてくれるだろうかとイリスは思わないでもないが、違うことまで思い出し、心かき乱されるだけだろうと思いなおした。今は、休んだ方がいい。昨日、目の前にいる男からも言われたばかりだというのに、姉の話になるとどうも冷静さを失う傾向にある。 「おっと、風呂だったな。いいぜ、食事の前にさっぱりしてきな」  リカルドは思い出したように、話を変えた。そして風呂場の説明をし、その場を去っていった。  静かな空間が戻って来る。急場を乗り越えたはずなのに、イリスは何故か寂しさを覚えた。しかし、ここで立ち止まってもいられない。イリスは荷物を取りに行くため、一度部屋に戻るのだった。 「あんな表情されたら、部屋で何してたか想像しちまうじゃねぇか」

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