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第23話

 流石、水の術を扱う男の屋敷である。水を得にくい王都近郊でありながら、屋敷内に水脈を呼び込む術式が引かれている。イリスはそう感心するが、これもメルキオールから説明を受けていなかったら、理解できずにいただろう。術の知識に関しては、あまりに無学だったイリスを案じて、彼女が手解きをしてくれたのだ。  イリスの故郷である東部でも、邪竜から身を守る術として、地水火風の属性を操る技術は人々の中に根付いていた。しかし、生活用水は資源が豊富だったため、術に頼る必要はなかった。それもあってか、イリスは水の術式には疎かった。  そもそも、東部では各属性の術は限られた一族のものが掌握しており、市民が術に触れる機会は滅多になかったのだ。  軽く後始末ができれば上々と思っていたが、まさかここまで立派な風呂があろうとは想像もしていなかった。  懸案事項である物質を洗い、体を清めてから湯舟に足をつける。  湯がイリスには少しぬるめだったため、彼が得意とする火の術で少しだけ温めてやる。完全に当初の目的を忘れて、うっとりとした心地で湯を堪能している。  ふぅと一息ついて、無防備にも風呂の淵に体を預ける。赤い髪は水気を受け、艶を増し、ほんのりと色づいた首筋にしっとりと張り付く。水を弾く肌は白く、きめ細かい。目立った傷も見られない。それもそのはず、機動力を武器としている彼は、傷を受ける前に決着をつけるからだ。逆に言えば装甲が薄いため、一度捕まると致命傷を受けかねない。機動力を生かした戦い方は、イリスの生家に伝わるものである。彼の家は、代々線の細い者が多かったので、この戦法が伝わっていると聞いている。その血を色濃く受け継いだイリスも例に紛れず、細身である。ただ、それはリカルドやアダマスのような屈強な肉体の持ち主と比較しての話であり、イリスは決して貧相な体ではない。まだ十代の青年のように見られてしまうあどけない顔立ちからは、想像できないような鍛えられた体をしている。 首筋を伝う湯は、鎖骨を通り、発達した胸筋をなぞるように流れ湯船に戻る。愛らしい顔を乗せた手は、不釣り合いなほど節くれだっており、腕にも、しなやかな筋肉がしっかりと存在を示している。  決して儚げな青年ではなく、戦士の体をしているのだが、それを悟られるのをイリスは好まない。肌を晒すなど自殺行為だと考えているし、体の線が出る服装は、相手に弱点を悟られてしまうからと避けるようにしていた。  そのため、人々はその中性的な顔立ちに騙され、可愛らしい青年と認識されることが多かったのだ。そこについて、イリスは深く考えたことはない。相手が勝手に自分の見てくれに油断して自滅してくれるのなら、余計な労力を使わずに済むとすら思っていた。        

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