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第24話

「いい湯だ」  証拠隠滅を済ませ、イリスは、心の底からくつろいでいた。  思い返してみれば、一人ゆったりと湯舟に浸かるのは、久しぶりのことである。王都には、大衆浴場も設けられているが、勇者となった今、ふらりと立ち寄ることもできない。風呂場でまで、凛とした出で立ちでいるのは、気疲れしてしまう。かといってだらしない姿を曝け出すわけにもいかない。  城に泊まった時などは風呂が付いている部屋を用意してもらったが、どうも豪華すぎて落ち着かなかったので、安らぐという気分にならなかったのだ。  勇者と称賛されようと、人格者と言われようと、やはり王族であるサファイアや、貴族のリカルドとは違う。所詮自分は片田舎の陰気な庶民でしかないのだと、イリスは自覚している。  人より優れた領域へ辿りつくことができた剣の道でさえ、幼少期は進むのを嫌がっていた。姉に慰められ、諭され、何とかその道の上に立っていたにすぎない。ただ、皮肉にも姉がいなくなったことが、イリスがこの道を突き進む力となった。  人々は家族の敵討ちと聞くと、美談だとか、到底それだけでは成し遂げられることではないと彼を称えた。しかし、イリスからしてみれば、決して人々が褒めちぎるような話ではない。  ただ、この命は、姉の犠牲のもとに成り立つという罪悪感から逃れたかっただけなのだ。そして、姉がこの場にいたら、喜んでくれるだろうことをしてきただけなのだ。自分の意志は二の次だった。何故なら、姉の喜びこそが、イリスの生きる意味だったからだ。  勿論、人々の安寧を願う気持ちがまったくなかったわけではない。旅の途中で、自身と同様に家族が生贄になった者と出会い、どうか仇をと乞われ、奮い立ったことも嘘ではない。人を慈しむ気持ちは、イリスの中に確かにあった。そんな自分を、姉はきっと褒めてくれるだろうと思ったからだ。  どこまでも、姉がすべてだった。最後まで笑顔だった姉の表情を曇らせるようなことをしたくなかった。邪竜を討てば、姉が笑顔で迎えてくれるのではないかと期待を抱いていた。姉がこの世にいない事実を受け入れれば、自分からは何もなくなってしまうことには、目をつぶって生きてきた。 「っ……」  また、悲しくなってしまった。もしかしたら、また泣いているのかもしれない。手が濡れているため、イリスにはよくわからなかった。これ以上長湯を続けると、涙が止まらなくなるかもしれない。もう少しだけ湯を堪能してから、イリスはここを出ようと思った。  ちゃぷんと水の跳ねる音と、彼の深い呼吸だけが、この浴室にこだまする。  イリスは艶めく体をなぞってから、湯舟から立ち上がる。引き締まった細い腰とその下に続く、小振りながらツンと上を向いた形の良い尻が、露わになった。

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