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第25話

リカルドはイリスに養生を命じたが、寝台に縛り付けるようなことはなく、鍛錬や商売に付き合わされたり、あまりじっとしていることはなかった。正直、イリスにとっては、その方がありがたかった。ただ、面倒を見てもらうというのは、申し訳なかったし、考える時間があればある程、陰気な性分が顔をのぞかせ、かえって精神衛生上よくなかっただろう。何かに打ち込んだ方が、よほど気楽でいられた。  そんな日々がしばらく続き、イリスの精神はようやく安定してきた。しかし、その矢先、また彼を揺さぶるような出来事が起きる。  イリスが鍛錬を終え、リカルドの屋敷に戻ると、リカルドと商談相手が商品について話をしていた。髪や肌の色から推測するにイリスと同郷の人間だろうと想像ができた。少し前までは魔物が跋扈していたため、街道を通ったとしても、行商人が地方を行き来するのは至難の業だったが、邪竜討伐後は、魔物の数も減ってきているため、大陸の行き来は随分容易になった。 「イリス、イリスじゃないか!」    商談相手はイリスを見るなり、声をかけてきた。その声、その姿に、イリスは見覚えがある。 「……シグレ兄さん」  シグレは、姉の幼馴染である。笑顔が魅力的な心優しい男だ。彼の家は商店を営んでいたから、その関係でリカルドの屋敷を訪れたのだろう。彼にはイリスと同い年の弟ヤクモがおり、ヤクモとイリスとは仲が良かった。仲が良かったというのは、姉の死後すっかり疎遠になってしまったからだ。  シグレに対しても、かつては兄のように慕っていたが、いつからか複雑な感情を抱くようになっていた。というのも、姉が縁談を決めたのは、彼がアイノが妹のように可愛がっていた娘と結婚するという話が出た直後だったからだ。シグレと話しているとき、姉は特に嬉しそうだった。そのあたりの事情に疎いイリスでも、何となく想像してしまうのだ。もしかしたら、姉はこの青年に好意を抱いていたのかもしれない。ただ、彼は姉以外の女性を選んだ。彼が姉の想いに応えていれば、あんなことにはならなかったのではないかと。 「地元じゃお前が邪竜討伐に加わったと、その話で持ち切りだぞ」 「加わったどころか、邪竜を討ったのは彼ですよ」  リカルドが自分のことのように得意げに言う。確かに、首を落としたのはイリスだが、リカルドたちの力がなければ、成し遂げられなかった。イリスには、その自覚があるため、彼が嬉しそうに語っても、何の違和感も持たなかった。 「俺一人の力では、ありませんよ」 「お前は街の誇りだよ。いつ戻って来るんだと皆楽しみにしているんだ」  リカルドがイリスの表情を伺う。数日前、しばらく故郷には帰らない方がいいだろうとリカルドにも話したばかりだ。 「俺にはまだ、王都近郊でやるべきことが残っています。当面の間、魔物討伐も必要でしょうから。そちらには戻れないと父には伝えていました」 「そうか。でも、早いうちにアイノの墓には顔出してやってくれ。あいつも、きっとお前を待ってると思うから」  あの頃と変わらない優しい笑顔に対し、イリスは、硬く笑うしかなかった。それは、喜びや照れから来るものではない。唇を引き結んでおかないと、自分が何を口走るかわからなかったからだ。    あんたが、姉さんのことを語るな。  実際のところ、姉の気持ちはイリスにも分からない。幼馴染としての親愛の感情しか抱いていなかったのかもしれない。ただ、今、この男には、姉のことを分かったように語ってほしくはなかった。  かつて、兄と慕ったこの男が、善意からそう言っているのは、イリスも分かっている。分かっているからこそ、こんな思いを抱える自分が、情けなくて、みじめで仕方がなかった。

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