「こうすりゃ、俺にはお前の顔は見えない」 　あの時は、リカルドの胸に顔を埋めるような体制だったが、今回は肩口に顎を乗せるような体制で抱き合うことになった。 　強い力で抱きしめられ、少し苦しさを覚えるが、それ以上に暖かさを感じ、イリスは安心感に包まれる。 「リカルド」 「十年だもんなぁ。頑張ったよ、お前は。だって、誰にもできなかったんだぜ」 　イリスは、邪竜からの猛攻を必死の想いで交わし、仲間の助力を受けながら、強大な化け物にその刃を突き立てた。聖剣の力もあったかもしれない。しかし、聖剣は邪竜の身を砕く力を有していたとしても、一太刀を浴びせるのは使い手でなければできないことなのだ。邪竜誕生は、確認ができる限り数百年前のことになり、その間誰にも息の根を止めることはできなかったのだ。 「俺は、」 　 　しかし、イリスは偉業を成し遂げたかったわけではなかった。名も知らぬ人々からの称賛など、求めてはいなかったのだ。本当に彼が求めていたものは、もう、手に入らない。 「違うよな。ただ、姉さんを幸せにしたかったんだよな」 「……っ」 　再び涙が込み上げてくる。 　邪竜を討ち果たしたところで、本懐が遂げられないことは分かっていた。仇討ちと言われるたびに、胸の内は悲鳴を上げていたことはひた隠しにしてきた。人々の望む希望の象徴になれば、邪竜を討ち果たせば、姉は笑顔で迎えてくれる。そう思うことにして、真実から目を背けて生きてきた。だから、何を言われても「姉がそう望んでいますから」とだけ言ってきた。その発言は人々の涙を誘ったが、イリスには、それが真実だったから。 　討伐に明け暮れ、故郷に帰らなくなった理由も、そこにある。ふるさとの人は、皆知っているからだ。 ――お前の姉はもう死んだじゃないか―― ――気が触れてしまったのか―― 　会話をすればするほど、その事実を突きつけてくる。だから、故郷には、いられないと思った。 「お前は、否定するだろうけどな。お前の姉さんはきっと幸せだよ。弟にこんなに想われて」 「違うんだ。姉さんは、俺のせいで不幸になったんだ」 　今度は、イリスがリカルドの体を力強く抱きしめる番だった。