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第31話
「私も、坊ちゃんのオイタには驚かされてばかりですぞ」
突然後ろから聞こえた声にイリスは驚き、リカルドを突き飛ばしてしまう。心臓が飛び出るとはまさにこのこと。慌てて振り向けば、見知った顔。彼がこの屋敷のやっかいになるようになってから、面倒をみてくれるリカルドの召使い・カルロであった。
リカルドの祖父の代から仕えていたというこの高齢の男性は、リカルドに対し容赦がなかった。庶民の出であるイリスには、貴族の主従関係がどのようなものか分からない。しかし、いくら子供の頃から世話をしてきているとはいえ、ここまで手厳しい従者がいるのだろうかと疑問に思ったものだ。
例えば、サファイアが従者とやり取りをしているのを目にしたことはあるが、ここまで砕けた関係性ではなかったように感じた。勿論、彼女はリカルドよりも高貴な身の上で、そんな彼女に強い発言ができる者などそうそういないことは、イリスも理解しているが。
「まったく、これが賊であれば、お二人仲良くあの世生きですぞ」
老人の鋭い視線に、思わず肝が冷える。
確かにそうである。正直、声に驚いたのは、この老人が近づいてきていることに、全くと言っていいほど気が付かなかったからだ。油断もいいところである。
「まあ、この私がいる限り、賊など近寄らせはしないつもりではおりますが」
ただの老人ではない。
イリスは肌でそう感じた。右手に携えた杖は、恐らく刃が仕込んであるはずだ。足さばきも、改めて観察すると、無駄がない。しかし、裏を返せば、この老人はいつでもリカルドの首を取ることができるとも言える。そうしないということは、リカルドはこの男に絶対の信頼を寄せ、この者も忠誠心を抱いてるのだろう。
「私も、いつお迎えが来てもおかしくない年なのですから、坊ちゃんがしっかりせねば、ならないでしょうに」
発せられる言葉は辛辣だが、その瞳の奥には慈愛の色が見えた。ふと、その色を残したまま、老人はイリスを見やる。
「イリス殿」
まさかこの状況で呼ばれるとは思っていたなかったイリスは心底驚いた。あの恥ずかしい場面を見た後で、この従者からどんな目で見られるか想像がつかない。はしたないと言われてしまうだろうか。
「坊ちゃんのことを頼みましたぞ」
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