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第33話

「お前は、やっぱり可愛い奴だな」 「なっ、リカルド!」  リカルドに再び抱きしめられ、困惑するイリス。もはや、この行為自体を咎める理由は、彼にはない。しかし、せめて人目のないところで、やってほしいと思う。かつて、自分が討伐隊でそういった場面に出くわした時も、見えないところでやればいいのにと感じたものだ。  老年の使用人だけではなく、他の使用人も何事かと集まり始めている。中には顔を赤らめ、こちらを見つめる若い娘がいるのも見えて、イリスとしては、非常に恥ずかしい状況になっている。まさか自分が、そう思われる立場に回る日が来るとは、露程も思っていなかったというのに。 「坊ちゃん、あまりイリス殿を困らせるものではありませんよ。嫌われたらどうするのです」  鶴の一声に、リカルドはそっと体を離す。嫌いになるはずがないとイリスは思ったが、周囲の目があったため、黙っていた。人の目がなければいいと思っている自分がいることに、顔が赤くなる。こんな様を見られては、本心では嫌がっていないと、この場にいる全員に知れてしまうだろう。それと同時に、リカルドがどれ程イリスに嫌われたくないのかも明るみになったのだが、彼は気づいていない。    その後は、遠回しに「食事の準備の邪魔だから、ここから出ていけ」と言われたため、イリスは大人しく部屋に戻ろうとした。しかし、リカルドに腕を掴まれ、それを止められる。 「部屋に戻って、何かやることでもあるのか」  静まり返った廊下に、声が響く。リカルドのそれは、いつもと違うように聞こえる。いつもより少し低く、余裕のないように感じる。 「いや、特には……」  そんなリカルドの様子を感じてか、イリスは彼の目を見て話すことができない。大人しく掴まれたままではいるが、視線は逸らしている。だが、分かる。男が自分に近づいてきていることは。少し屈んで、耳元で囁こうとしているのも、分かってしまう。 「じゃあ、俺の部屋まで来ねえか?」  振りほどくことは、困難ではない。ただ、このまま人目のないところに連れていかれたら、どうなるのだろうか。彼は自分を愛していると言い、自分もまた彼を必要としている。    イリスは黙って頷き、リカルドの部屋へと招かれた。    

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