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第9話 出張パニック

 あーーー!!  寂しい!寂しい!!寂しい!!!!  健吾が出張に行っちゃった……。 最短で2週間…長引けば1ヶ月だって……。 A県の支店に海外支社の支社長と秘書が視察に来てるらしい…。 それの付き添いに健吾が抜擢されちゃった。  良い事だよ!仕事を認められてないと抜擢なんてされないし、英語ネイティブじゃないと務まらないし。  でもさ…2週間も離れ離れなんて、出会ってから一度もないかも…。 なんだかんだで事あるごとに一緒にいたんだもん。  なんか胸にポッカリ穴が開いたみたいな気分になっちゃう…。  はぁ…。 何回もスマホとパソコンチェックしちゃうよ。 健吾からの連絡は……無いか。  今日からこんな調子じゃ、オレどうなっちゃうんだろう…。寂しくて死んじゃうんじゃないの!? 「里見?大丈夫?さっきから溜息ばかりだけど…」  声を掛けてきたのは同期の松田。 女だてらに仕事はバリバリできて、健吾とオレとこの松田が同期の中でも抜きんでてると言われてる。 この松田が、またざっくばらんな性格で男も女もない感じの喋りやすいタイプ。 この人見知りぃなオレでもすぐに打ち解ける事ができたんだ。  もちろん、健吾も一緒に。 3人でもたまに飲みに行ったりもしてた。 「松田ぁ、何だよぉ…」 「橘が出張で寂しいんじゃないのー?」 「んー?そうかも…昼も夜も一人で飯食うのなんて…初めてかもだし…」 「え〜!!里見さん!!今日はお昼も夜もお一人なんですかぁ?」 「え……あ、うん?」 「やだぁ。あたしも今日昼も夜もフリーでぇ〜」  え?何が言いたいのかな?  このクネクネしてる子は新人の三島さん。下の名前は忘れちゃったけど、なんだかんだと話に入ってくるタイプの子。 よく健吾と話してても急に話に入ってきて健吾が対応してくれてたんだよね。 ……健吾ぉ。寂しいよぅ……。 「里見さぁん?」 「三島さん、今朝指摘されてた書類の訂正はできたの?」 「え?あ、まだです…」 「早くしないと、午後の会議に間に合わなくなるわよ?がんばって!!」 「あ、はぁい……里見さ」 「里見、ちょっとコレの確認すぐしてもらえる?」 「ん?了解〜」 「さと…」 「三島さんは早くしないと昼休憩も取れなくなっちゃうよ?ファイト!」  しぶしぶといった表情で、去って行く三島さん。それにしても松田は人を乗せるのも上手いんだなぁ。尊敬!オレそういうの苦手だもん。 「里見?」 「あ、何?」 「今日ランチ付き合ってよ」 「いいよー。一人でどうしようかなって思ってた所だしね。逆に助かっちゃったよ!」 「はいはい。じゃ、後でね」  ヒラヒラ手を振って去って行く松田の背中を見送って、書類に目を通した。  今日、出社してすぐ部長に呼び出された健吾は戻ってきてすぐに出張の準備をしに家に戻ってそのままA県に飛んだ。急な事だったから、本当にいきなり。 かろうじて視線を合わせる事くらいしかできなかったけど…。 後でメールするって言ってたし、夜は電話もするって。でも、寂しいものは寂しいんだ!!  オレってば昔から一人になる事が極端に少なかったから、急に一人にされるとどうしたらいいのかわからなくなっちゃうんだよ…。 いい大人が何言っちゃってるの?って感じだけどさっ!  とりあえず、目の前の書類を片付けよう。 あ、部長には申し訳ないけど、恨みます!! ふんだ!  ◇◇ 「お腹すいた〜」 「私はAランチにするわ。瑞穂は?」 「えーと…………」 「あぁ、Aランチの生姜焼きなら少し分けてあげるから、パスタランチにしたら?」 「え?いいの?ありがとう!ってか、なんでわかったの?」 「まあ、わかるよ。それなりに長い付き合いだからね」  すごいよね。いつもは健吾が同じような感じで悩んでると解決してくれたりするんだよ。朱莉は女版健吾って感じ!  あ、お互いにプライベートだと健吾も含めて名前で呼び合う仲ではあるんだ。 オレと健吾がそういう関係になって、へにょへにょのふにゃふにゃで出社した時に全てバレた。 ていうか 「付き合って(できて)なかったの?」 だって。 「話聞いてビックリしたわよ。まだだったの?って」 「えへへ〜」 「研修の時の顔合わせでイイ男が二人もいるじゃん!って喜んだのに、一人はぼんやり男だし、もう一人は周りに牽制しまくりだしさ!コレは…生萌え…って思ってたのに」 「生萌え?」 「まぁ、それは置いといて。健吾にヨロシク頼まれてんのよ。今日から昼夜ね。無理な時以外は付き合うから、フラフラ誰かについて行かないでよ?」 「フラフラって子供じゃないし…」 「いいから!瑞穂になんかあったら私の命が危ないから」 「朱莉、大袈裟じゃん」 「ふふ。お待たせ致しました、Aランチとパスタセットです。ごゆっくりどうぞ」 「あ、ありがとう」 「美幸さん、今日は夜も来るから宜しくね」  朱莉が料理を運んできてくれた美幸と呼んだ男性に話しかけた。  朱莉と美幸さん。 二人は義理の兄妹?と言っていいような関係。 このカフェは昼はランチ&ドルチェ、夜はバーになるお店で Lezele ルゼル という名前のカフェ&バーだ。 朱莉の双子の兄の晃が経営している。 晃と美幸は幼馴染みでかつ夫夫だ。  そんな兄を持つ朱莉もバイで昔は美幸に恋をしていたが、兄の恋人と知って身を引いた。そして少しややこしいが、美幸の姉の雪菜とお付き合いをしている。 顔が似てるとか雰囲気が似てるとかは全くなくて真逆のタイプだから、引きずってと言うわけではない、と笑って言っていた。  そんなプライベート中のプライベートな事を言い合える関係だからこそ、自分の最もプライベートな事を話せる数少ない友人だった。 「今回の出張はまた急だったわよね」 「そうなんだよ…全然話す時間も無かったし…」 「まあ、2週間じゃん?あっという間よ」 「そうなんだけどね…ふぅ…」 「何よ?そんな溜息ついちゃって」 「だって、昨夜はデキなかったし…」 「……呆れた」 「だってさ!その前もその前もお預けくっててさ!やっと今夜!だったのに…」  「ふふ…。あ、ごめんね?食後のコーヒーどうぞ」 「美幸さぁ〜ん。健吾と離れ離れになっちやったよ…」 「そうかぁ。寂しいね?」  ヨシヨシと頭を撫でてくれる美幸さん、癒される…。 美幸さんはオレの気持ちをよくわかってくれる人なんだ。 「金曜日の夜にでもA県行っちゃえば?夜ご飯とかは仕事の人と取るだろうけど帰って来ちゃったらもうプライベートな時間でしょう?」 「そうか!美幸さん!ありがとう!!そうする!!」 「いきなり行かない方がいいんじゃないの?」 「何言ってんの!?サプラーイズ!ってやつだよ!!」  ヨシ、俄然ヤル気が出て来た!! 午後も仕事頑張って、後でチケット取っておこう。 今日は水曜日、金曜日まであと3日!! ヨシ!!

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