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第11話 出張パニック
なんとか今日までの仕事を乗り切った。
携帯は手にしているが、メールは怖くて見れないし電話は…あれからかかってきていないようだ。
一応、携帯で新幹線のチケット予約は済ませてあるので、仕事が終わったらA県まで行ってみようと思う。
ウジウジ考えていてもラチがあかないし。
「ヨシッ!」
「里見さぁん♡今晩は、朝までご一緒できますよぅ?飲みに行きませんかぁ?」
「あ、ゴメン。行く所あるんだ。じゃあね」
「え〜里見さぁーん!」
「三島、今日は飲むか?」
「松田さぁん…」
◇
新幹線に乗ってA県へ。
この時間、出張帰りなのか結構人が多いんだな。
健吾は日帰り出張とかも結構あるけど、オレは社内の人間だから…。
新幹線に乗るのもすごい久しぶり…。
全席満席になった車内はお酒とツマミ、弁当等の匂いが充満している。
うぇー、この匂い…寝不足のオレには結構キツイ…。
2人掛けの窓際の席で窓の方を向いてグッタリしていると、隣の席に座ってきた男性からおもむろに声をかけられた。
「すみません…足元のコンセントお借りしてもいいですか?」
「あ…はい。どうぞー」
足を引いてコンセントの場所を空ける。
ゴソゴソと男がコンセントに差して席に着いた。
あ、少し爽やかな香り…。
ふぅ…と少し呼吸が楽になった気がする。
ノートパソコンを開いて、カチカチと作業をしている隣の人がもしビールとか飲み始めたら…
吐く。確実に吐く。
ペットボトルの水をゴキュゴキュ飲んで、気を落ち着かせた。
男はパソコンを操作しながらワゴンサービスの女性を止めた。
ああ、最悪だ。きっと酒とツマミを買うんだろう。今は前の席の人達が頼んだコーヒーの香りすらキツイのに…。
「すみません、アイスクリームを…」
ん?アイス?
パチッと目を開けて男をガン見してしまった。
ふと、男も視線を感じたのかこちらを向いて二人の視線が合ってしまった。
「あ、アイス頼みますか?」
「あ、いっイエ。大丈夫です…」
「わぁ、顔色悪いですよ?大丈夫ですか?」
「大丈夫です…」
「お姉さん、アイスもう一つお願いします」
「はい、二つで600円です」
「はい、ありがとう」
カップアイスを2つ置いてワゴンサービスのお姉さんは後ろの席の人達の注文の受け答えをしている。
「はい、どうぞ」
「え?」
「新幹線のアイスってカチカチでなかなか溶けないんですよねー。気分悪いならこうやってハンカチで巻いて…よし、どうぞ」
ハンカチで巻いたアイスのカップを渡してくる。
「え?え?」
「ほら、こうやって首に当てたり頬に当てたりするとそれだけで少しは気分も良くなるでしょ?」
あ、なるほど。アイスノンの代わりって事か。
「ありがとうござい…ます。あ、お金…」
「あ。大丈夫です。もし食べないのでしたらオレ食べるので、食べやすいように溶かしてもらう手伝いをしてもらっただけ…という事で」
ニコッと笑う男から嫌な印象は受けなかった。
「ありがとうございます…」
「この時間の新幹線、キツイですよね。オレもアイス 無いとキツイんですよ」
男はフフッと笑いながら、アイスを両手に持って溶かしている。
「しかも、新幹線のアイスって激硬いんでね…すぐには食べれないのが…またニクイ」
「ククッ…。あ、失礼」
思わず…といった感じで笑ってしまった瑞穂は、このやり取りで幾分か気分がマシになっている事に気付いた。
「ふぅ、すみません。ありがとうございます」
「いえいえ、コンセントも譲ってもらってるのでお互い様?という事で」
「え?コンセント?オレ使ってないし…」
「新幹線のコンセント争いはある意味戦争なんですよ。出張帰りのこの時間にやり残した仕事をやる為だったり、ゆったり遊ぶ為にだったりで」
「はーなるほど」
「あまり乗らないですか?新幹線」
「ほぼ乗らないですね」
「そうかぁ、じゃあよりキツイかもしれないですね」
少し話しただけだが、自分が緊張もせずに初対面の人とこんなに話せるなんて…健吾以来かもしれない。
…健吾
「じゃあ今日はお仕事とかではないんですか?」
「あ…そうですね、友人…が出張でA県に行っているので…ついでに遊びに…」
「そうなんですね。僕はA県に戻る所なんです。降りる駅は同じですね」
たわいも無い話をしているうちに男の方のアイスが少し溶けて食べ頃になってきた。
「いただきまーす。うまっ!あ、よかったらそれ、食べて下さい」
「え?ああ。じゃあお言葉に甘えて…おいしい…」
「顔色、戻って来ましたね。良かった」
「あぁ、すみません。隣でこんな体調悪そうにしていたら迷惑ですよね…おかげさまで大分良くなりました」
「あ、そんな事無いですよ!ただ僕の知り合いにも乗り物にすごい弱い人がいて、新幹線とか乗る時は途中でアイス買うのがデフォなんですよ。ふふ」
あら、すごい優しい顔してる。大事な人なのかな?いいなぁ…。
すごく、健吾に会いたくなって来ちゃったな…。
「あ、すみません。一人でペラペラと…」
「いえ!喋っていただいた方が気が紛れていいので…」
「そうですか、良かった」
ハハッと二人で笑い合った。
健吾との事で苦しかった気持ちが浮上した。
考えも纏まってきたし、落ち着いて健吾と話せそうな気がしてきた。
「ありがとうございます」
「え?どうしたんですか?」
「あ、いえ、ちょっと緊張していた物ですから…」
「そうだったんですね、一役買えたのかな?良かったです」
なんだかんだで世間話しながら気付いたら駅に到着する放送が流れた。
「あ、再び足元すみません…」
「あ、はいどうぞ…」
フワリと香る匂いがやはり落ち着く。
◇
「どうもありがとうございました」
「こちらこそ、いつもの味気ない出張が最後に楽しいモノになって良かったです。今から社に戻らなくてもいいなら食事にでも誘いたいくらいですよ」
ハハッと二人で笑って、では。と別れた。
爽やかな人だったな、台詞に嫌味も何も感じない。ああいう風に人と話せたら人生楽しいだろうなぁ。
「さて、ではこれからどうするか…」
時刻は21時を回る所でアイスを食べたおかげで小腹が空いている程度。
健吾が宿泊しているホテルは朱莉が経理に確認してくれたから、間違ってはいない筈。
駅直結のかなりいいホテル…だな。
ホテル内にカフェがある事を確認して中に入る。
とりあえず…コーヒーを頼んで、ふぅ…と息を吐き怖くて見れなかった携帯を取り出して確認する。
内容は、昨日のは誤解。電話できなくてごめん。
今日は電話できそう。ごめんね。怒ってるよね。
等…。
スクロールして見ている途中で電源が落ちた。
充電なんてしてなかったしな…。
ふぅ…と溜息を吐いてホテルのフロントに目を向けた。
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