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第4話 死人花(1)

 誰かが泣いている  喉を枯らして  血反吐を吐いて  それでも叫んで  必死に誰かを呼んでいる  何でだろう  何で来てあげないのだろう  あんなにも恋焦がれているのに  どうして会ってあげないのだろう  届かない思いが涙になって流れて行く  流れた涙が頬を伝い、地面へと零れ落ちる  零れた涙は川になっていつしか周りに小さな花を咲かせた  厳かに咲くその花は  小さく、悲しい色をしたその花は  確か……  「いい加減、起きろ、咲夜」  聞き慣れたガサツな声に起こされた。  「……うーん……あと半年」  「お前は吸血鬼か……馬鹿なこと言ってないでさっさと起きろ、お前がいないと朝拝が終わらねぇだろーが」  「分かってるって……今起きる」  隣に仁王立ちになっているこの大男の急かすような目線を無視してゆっくりといつものルーティングを始める。  浅く息を吸って吐く、軽く腕を伸ばす、そして深呼吸する。  いつのもルーティンを終えると霞のかかった思考が段々とクリアになっていった。  「起きたか?」  「……起きた」  「よし、じゃ始めるぞ」  そう言うとこの大男は、わざわざ俺の前に正座をした。  今度はコイツのルーティングが始まるのだろう。  俺は面倒臭いという顔を隠そうとはせず、嫌々布団から出て居住まいを正した。  「お前の名前は?」  「保土原 咲夜(ほどはら さくや)」  「俺の名前は?」  「天原 天彦(あまはら たかひこ)」  「お前の居る場所は?」  「蕃登矛神社の俺の部屋」  「……よし、大丈夫だな」  そう言って満足そうに笑いながら天彦は俺の頭を撫でた。  ……側から見たらきっと俺が記憶喪失になったことがあると思われるだろうなぁ    勘違いして欲しくないのだが、俺は決して記憶喪失になったという訳でも何かの精神病を患っていると言うわけでも無い  天彦とこんなヘンテコなやり取りをするようになったのは10歳の頃だ。  よく覚えてないのだが、どうやら俺は神事の練習をしている時に倒れた事があったらしい。  結構危なかったみたいで一週間昏睡していたらしいのだが、その時のことを聞くと皆んな口を噤んでしまうので実際何が起きたのか分からない。  そんな事件の後からだ。毎日天彦が朝起こしに来るようになって、ついでにおかしなルーティングが始まったのは。  初めは訳が分からないし面倒だったから拒否しようとしたが天彦は質問に答えるまで決して俺を部屋から出そうとはしなかったので、そのうち拒否する事も馬鹿らしくなった。  そうして、お互いのルーティングを終えた俺は袴へと着替え、天彦と朝拝に向かった。  「姫様、御昇殿」  朝拝をする拝殿の前に着くと一足先に着いた天彦が低くよく通る声で告げると頭を下げた。それに合わせて既に集まっていた皆んなが一斉に頭を下げた。  俺はゆっくりとした足取りで皆んなの前に立ち、神鏡に向かい一礼をし、用意された座布団へと座った。  「姫様おはようございます」  俺が座るのを確認した後、優仁さんが皆んなを代表して俺に挨拶をしてきた。  優仁さんは俺の叔父に当たる人で、この神社を実質的に取り纏めてくれている。  この間も俺が安請け合いしてしまった記者の取材に対応してくれた。  まぁ叔父と言っても、俺は孤児院から先代に引き取られたから血の繋がりは無いのだが  「皆おはようございます、では今日の朝拝を始めます」  俺は神鏡へと向き直り、朝の祈祷を行った。  朝拝が終わるとそのままミーティングが始まる。ミーティングと言っても優仁さんが今日の予定を皆んなに伝えるだけだけど  「今日は午後からお客様がいらっしゃいます」    「……また客……最近多くないか?」  優仁さんの言葉に一番に不満を漏らしたのはチヨ兄こと出雲 八千代(いずも やちよ)さんだった。  チヨ兄は男のΩで綺麗な金髪がトレードマークの小柄な人だ。チヨ兄の家は代々この神社の神職者らしく、チヨ兄も俺がこの神社に引き取られた時から親に連れて来られてた。因みに普段は温厚で優しい人だが、身長の事に言及すると凄く怒る。  そして怒ると凄く怖い。  「仕方ないですよチヨさん、だって僕らの神社が雑誌に載ったんですから!」  チヨ兄の隣に座っているのが出雲 大貴(いずも だいき)さん。  大貴さんは最近この神社に来たチヨ兄の番相手でチヨ兄よりも一つ年下の男のαだ。短髪黒髪の爽やかな印象の人だが何よりも身長が大きいのが特徴で、190センチ以上あるらしく天彦よりも大きい。  二人は高校の頃に知り合ったらしいのだが、馴れ初めについては教えてもらえてない。  「大丈夫ですよ八千代くん、今日のお客様は縁結びではなく縁切りを御所望です」  縁切り、そう聞いた瞬間天彦の顔が強張った。  「優仁さん、縁切りって事は……」  「ええ、場合によっては姫様のお力を借りる事になるでしょうね」  皆んなが一様に俺を見た。  姫様、つまり俺が行う縁切りとは  「『バンキリ』を行うんですね、分かりました」    「咲夜!ちょっと待て」  朝拝が終わり、各々が仕事に戻ろうとした時、俺は天彦に呼び止められた。  「……何だよ」  「お前は……その……大丈夫なのか?」  ……またこれだ。  天彦は俺が『バンキリ』を行う事を厭う。  小さい頃とは言え一度失敗してるからだろう、もし今回も失敗したらこの神社の名前に傷が着くからな  分かっている事だが毎回心配されては腹が立つ  「……何が大丈夫なんだ?」  「『バンキリ』……するんだろ?」  「まだ決まった訳じゃないだろ?それにやるにしても『どっちのバンキリ』かも分からないし」  「……」  天彦の不安そうな顔に俺はさらに腹が立つ  この神社に引き取られて十数年、毎日の祈祷、季節事の儀式、来客の縁結びや縁切り………  俺は姫巫女としての義務を一度たりとも怠らなかった。  それなのに…………  10の頃のたった一度の失敗で、天彦は俺の事をまるで子どものように扱ってくる。  本当にイライラする……  「大体俺はこの神社の宮司で姫巫女だ、やる必要があるなら『バンキリ』は行う義務があるんだよ!」  この蕃登矛神社は元々この近くの村々にあった土着信仰に神道が合流した際に出来た神社だ。だからこそ、この神社の宮司は同時に姫巫女となり村の人々から姫様として崇められる。  逆に姫巫女の義務を果たさなければ村の人々から見捨てられ、この神社は廃れてしまうだろう。  「大体、『バンキリ』だって初めてじゃないだろ?この前だってきちんと成功させた」  「……」  これだけ言っても天彦の不安そうな顔は崩れる事は無かった  「……もういい、今日は儀式の時以外俺に話しかけんな」  天彦は軽く目を伏せ、何か言いたい言葉を飲み込んで「分かった」とだけ言い、仕事に戻っていった。

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