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第5話 死人花(2)
~天彦視点~
怒った咲夜の背中を見つめながら俺、天原 天彦(あまはら たかひこ)はただ立ち尽くしていた。
心配するなと咲夜は言うがその度に小さい頃の咲夜が脳裏を過ぎる。
虫も鳴かない静かな夜。
畳に横たわり、動かない。
触れば死人の様に冷たく、病んだ白
譫言で呟く誰かの名前
もうあんなのは御免だ。
「どうしたんです?天彦くん」
俺が考え事をしていると後ろから優仁さんの声がした。
「……優仁さん」
「あぁ、また喧嘩したんですね咲夜くんと」
俺の顔色から状況を察した優仁さんはやさしくクスクスと笑った。
「……今日の客の事ですが」
優仁さんは少し困った様に目を伏せた。
「……恐らく『バンキリ』が必要でしょうね」
「……どっちのですか?」
「それが……ハッキリとした事は聞けませんでした、しかしお客様はお一人ですので恐らくは……」
「『伴切』の方ですか」
その言葉に優仁さんは申し訳なさそうに目を逸らす。
『バンキリ』とはこの神社に伝わる一種の縁切りの神事だ。
しかし、『バンキリ』とは総称でしかない。
縁を切る対象によって同じ『バンキリ』と言っても手順が違ったり、祝詞が違ったりと細部が異なる。
「咲夜くんと天彦くんには迷惑かけますが、これは古くからこの神社に課せられた使命ですのでよろしくお願いします」
そう言い残して去っていく優仁さんに俺は少しだけカチンと来た。
……神社の使命?
使命なら咲夜がどうなっても良いのか
いつもは姫様だと持ち上げる癖に結局は咲夜に面倒事を押し付けているだけじゃないか
普段は考えもしない不満が自分の中からふつふつと湧き上がって来る。
駄目だ、今の俺は冷静じゃない
俺が努めて冷静さを取り戻そうとした時、社務所の玄関からいつもの元気すぎる声が聞こえた
「ちわ〜 ご飯お持ちしました〜」
「……おはよ、三毛」
こいつは大月 三毛(おおつき みけ)。麓の村にある唯一の食事処、『大月亭』の一人息子で幼馴染だ。
三毛はこの神社とは関係ない普通の家庭で育った為か姫巫女候補だった幼い咲夜の事も普通の子どもと同じ様に接しており、咲夜の初めての友人だ。
あの時の俺と咲夜の仲を取り持ってくれていた事もあってか今でも交流がある。
「おっ!天彦か!はよっ!咲夜はいねぇの?」
「あいつは……今日は大事な神事があるからな、その準備をしてる」
「ふーん、そっか」
三毛は玄関に腰掛けて背負っていたリュックから次々と弁当の詰まった箱を出しながら聞き流した。
「……っし!これで終わり!こっちが朝飯、早めに食えな!そっちの箱が昼飯、冷蔵庫に入れとけよ」
「毎日すまんな、助かる」
「気にすんなって!ナル姉が戻ってくるまでの間だし、それにお前らにも会えるしな」
そう言ってニシシと笑う三毛の屈託のない笑顔に思わず顔が緩む。
三毛の笑顔は不思議だ。さっきまでささくれていた心が凪いでいく
そういえば子どもの時も喧嘩した俺と咲夜を笑って遊びに連れ出して仲直りさせてくれたっけ
「んじゃー帰るわ!……っと、その前に……天彦!!早く咲夜と仲直りしろよな!!」
そう言い残して山を降りていく三毛の背中を見つめながら、やっぱり敵わないなと笑みが溢れた。
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