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第7話 死人花(4)
私、寒菊 忍は何処にでもいる普通のΩです。
母は女のΩで、父は居ません……というか知りません。
見たことがないんです。
物心ついた時から母と2人暮らしでしたし、母に父の事を尋ねても答えてくれませんでした。
私は母さえ居ればそれだけで良かったので、父親を必要だと思った事は一度もありませんから特に悲しいとか不幸だとは思ってませんでした。
母はというと、Ωという事で中々仕事にありつけず、水商売でなんとか生活していました。
だから、母が仕事に行く夜の間は隣に住む親切なおばさんの元へ預けられました。
今でもよく覚えてます。
夜、キラキラとしたアクセサリーを着け、化粧でキレイになった母が笑顔で仕事に行く姿を。
私もそんな母親が格好良くて見えて、笑顔で見送ってました。時々、どうしようもなく悲しくなってしまう夜はおばさんとおじさんが私の事をやさしく撫でてくれて……私はそれに甘えて泣いていました。
そして朝、仕事から帰って来た母が沢山の変な匂いをつけながら笑顔で私を迎えに来てくれるのが何よりも幸せでした。
しかし、そんな幸せな時はそう長く続きませんでした。
ある冬の朝、いつも通りおばさんの家で待っていた私を母迎えに来てくれることはありませんでした。
母は元々病弱で、それに加えて私を養うために相当無理していたらしく、私が5歳の頃倒れてそのまま亡くなってしまい、私はそのまま施設へと入れられました。
……とまぁ、なんと言いますか、そんなありふれた……何処にでもいる『普通の』Ωが私です。
私の入った施設には私を含めて5人のΩが居ましたが、皆私と同じ様な人ばかりでした。
親が居なくなって一人ぼっち
所詮Ωの人生なんてこんなものです。
そういえば、施設に入る時の検査でわかったことなんですけど、どうやら私にはαの遺伝子もあるらしいです。
その時ですね、私の父親はαだったと知ったのは
父はα母はΩ。
母はαに捨てられた。
ここまでくれば自ずと捨てられた理由も想像できます。
そうです
……私を産んだせいですよ。
Ωの私を
出来損ないの、失敗作の
私を……
「なぁなぁ、お前Ωなんだって?」
「は?」
彼の第一印象はハッキリ言って最悪でしたね。
中学2年で第二次性徴を経て、βからαに変性した男
名前は高野 恭(たかの きょう)。
変性する前からクラスの人気者でいつも騒ぎの中心にいるようなやつでした。
不良……ではないんですけど、ガキ大将の様な感じでしたね。
無遠慮で自己中心的で……
私は変性する前から近づかない様にしてましたね。
そんな彼と偶然放課後出会ったときに最初に言われた言葉でした。
『お前Ωなんだって』
私は別にΩである事を隠そうとはしてませんでしたが、特別言いふらすこともありませんでしたので、面食らいましたね。
どこから聞いてきたんだ?そもそも初対面でそんなデリケートな事をさらっと聞いてくるか?と
だからとっさに取り繕うことが出来ず『は?』と喧嘩腰に答えてしまいましまいました。
いや〜あの時は本当に怖かったですね。
殴られるんじゃないかと思って慌ててΩである事を肯定すると、彼は「へー、そっか」と何をするでも無く、興味なさげに教室から出ていきました。
それが私達の出会いです。
それから彼は少しずつ私と話すようになり、高校も偶然同じだったので、どんどん彼と過ごす時間が増えていきました。
あの頃の私達にはαだのΩだのといった壁は一切ありませんでした。
Ωである事で色々と制限がある私の悩みを聞いてくれたり、逆にαというプレッシャーに押しつぶされそうな彼の愚痴を聞いたり……
私達は親友でした。
そんなある日、私はいつも通り放課後彼を待っていると、急にヒートが来てしまいました。
あの日の事は今でも忘れられません。
私は生まれながらのΩでありながら、その日までヒートを経験した事が無かったので、急に脚が立たなくなって、身体が燃えるように熱くなっていく事が怖くて怖くてたまりませんでした。
下腹部がズクリと疼き、身体が震え、身体の熱が上がる度に思考が溶けていき、気が狂いそうでした。
私は心身の限界を感じて、頭の中で必死に彼に助けを求めました。
その時、教室の扉が勢いよく開かれました。
そこに居たのは必死に助けを求めた彼でした。
私は気が狂いそうになる快楽の波の中で、彼が来たことに安堵し、何より嬉しく思いました。
これで自分は助かる……と
でも私は忘れていたんです……いや見ないふりをしていたんでしょうね。
どんなに普段見えなくても、彼は牙をもった雄であるということを
彼は床を這いつくばっている私を見た瞬間、理性を失くした血走った目になり、私の服を無理やり脱がして、そのまま……
私は痛みと恐怖で動けず、彼にされるがままに犯され、最後には気を失ってしまいました。
そして気がつくと保健室のベットの上にいました。
あたりはすっかり暗くなっていて、身体の節々が痛かったのですが、それよりも隣で泣きながら謝る彼の姿が痛々しくて……
彼は私のヒートに巻き込まれただけなのに……
私は、先程まで理性の無い獣の様な彼から普段の彼に戻った事に安心すると共に彼の心に負う必要のない罪の意識を植え付けてしまったことに段々泣けてきてしまい、私達は二人で泣きました。
ひとしきり泣いたあと、彼は責任をとると言って、私を将来、番にしたいと言って告白してきました。
ええ、そうです……こうして私達は付き合い始めました。
それからの事は特に語る事も無いですね。
私は運良く就職先を見つける事ができ、彼も大学に進学することができました。
お互い忙しい時も有りましたけど、週末には必ず会いましたし、特に喧嘩することもなく穏やかで満ち足りた生活でした。
彼が大学を卒業したその日に婚約届を出し、晴れて私達は番になりました。
………そんな日々が変わったのは婚約して半年位の事でした。
彼が仕事をやめて会社を起ち上げたから、私に仕事を辞める様に言ってきたんです。
あまりに突然の事でしたから驚きましたし、彼が私に一言も相談せずに色々と決めた事が悲しかったのですが、それ以上に彼と一緒に働ける事が嬉しかったんです。
これで、仕事でも彼を支えられる。
……そう思っていました。
辞表を出した日、私は彼に仕事場の事とかどんな仕事をすれば良いのか聞くと彼はとても不思議そうな顔をして言いました。
なんでそんなこと聞くんだ?と
私はどんどん不安になっていき、彼と一緒に仕事をするなら今のうちに色んな事を知っておきたいと彼に言いました。
そしたら彼は鼻で笑って言ったんです。
なんでお前が働くんだ?………って
その瞬間、積もり積もった不安や悲しみが絶望へと変わりました。
彼も他の人と同じでΩの私には何もできないと思っていたんだと……
それからは喧嘩の毎日でしたね
恐らく彼の会社は上手く行ってなかったのでしょうね。会社で寝泊まりすることが多くなり、家には殆ど帰ってこなくなりました。
そんな彼の負担を減らそうと仕事を探し始めると彼は「そんな必要はない」とか「俺を信用してないのか」と怒り、私が外出する度に「なんで連絡しないんだ」「やましい事をしてるから言わないのか」と罵倒されました。
その結果、仕事もやらせてもらえず、外出も最小限に抑えられ、軟禁状態になりました。
彼が家に帰ってくればため息が出て、些細な事で言い争い、彼は逃げるように会社へ行く……そんな生活でした。
私も彼も、もう限界でした。
あの日も久しぶりに休日だから外出しようと誘う彼を気分じゃないと私が拒否すると、彼は怒り、私を罵倒しました。
私はもう彼と言い争う元気も無かったので、彼の罵詈雑言を黙って聞いていると自然と涙が出てきました。
彼といると辛い事ばかり
彼にとって私はペットの様なものなんだ
それならいっそ……
「別れよっか」
自然と出た言葉に彼は目を見開き、とても傷ついた事が分かりました。そしてその傷から怒りがマグマの様に吹き出し、気づけば私は殴られてました。
今まで喧嘩しても一度も手を挙げなかった彼に殴られた事がショックで私は彼を呆然と見つめると、彼は私以上に驚いた顔をしていました。
怒りだけだった彼の目には、段々と悲しみと後悔、罪悪感が満ちていきました。
それは初めてヒートに巻き込まれた彼が保健室で見せた目にそっくりでした。
私はなんて彼に声をかけたらいいのか分からずにいると、彼は会社に行くと逃げるように家を出ていきました。
……その一時間後、警察から彼が交通事故で死んだと連絡がありました。
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