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第9話 死人花(6)
~天彦視点~
「…………」
咲夜が応接室に入ってから1時間が経過した。
俺は咲夜がまだ出てくる気配のないことにどうしても苛立ちながら応接室の前で待っていた。
そんな見ず知らずの奴の事なんて放っておいてお前は自分の事を考えろ、祭りだって近いんだぞ!
今すぐ扉を開けて言ってやりたいがそんな事を言ったらまた喧嘩になるだろう。
俺だって分かってる
バンキリも大事な姫巫女の義務だって事も
姫巫女『なんか』を頼る人は皆大変な想いをしていることも
だけど咲夜の方が何倍も大変だ。
日々の儀式に加えて、周りの村で諍いが起きないよう調整し、外部からのお客様への占い託宣etc
それに今年は神社にとっても咲夜にとっても大事な祭りだって行われる。
そんな中、精神的にも身体的にも負荷の大きいバンキリなんて正直してほしくない。
大体アイツはいつもそうだ、与えられた役割をきちんとこなす癖に自分の事は考えない
このままじゃまたあの時みたいに壊れちまう……
それだけは絶対に駄目だ!
もうあんな思いはしたくない!
なのに……
俺がアイツにしてやれることは少ない……
自分の無力さに涙が出てくる。
俺に、俺にもっと力があれば……
そしたらアイツを……
「天彦、どうした?」
突然声をかけられてグズグズとした考えが一気に吹き飛んだ。
「チヨに……八千代さん」
八千代さんは項垂れる俺を心配そうに見つめていた。
「チヨ兄でいいって」
「いや、八千代さんが良くても俺が嫌なんだよ、いつまでも子供みたいで」
「俺にとっちゃお前はいくつになっても年下のガキだよ……それより聞いたぞ、咲夜とまた喧嘩したんだってな」
「……まぁ」
「早いトコ仲直りしとけよ、お前らどっちも頑固だからな……それに今年はお前らにとって大事な祭りも控えてんだからな」
「…………咲夜には大事な祭りでも俺は……まだ分かんない、決めるのは咲夜自身だから」
八千代さんは一度目を見開き、そして呆れたようにため息を付きながら俺を睨んだ。
「……やっぱり頑固だよ、お前」
「……」
おれは何も言い返せないまま、ただそっと俯いた。
暫くして、応接室からお客様と咲夜の二人が出てきた。
お客様はやはり痛々しい程目を赤くし、小刻みに肩を震わせていた。
「それでは寒菊様、私はこれより儀式の準備をしてまいります。寒菊様はお先にお部屋へご案内しますので、お待ち下さい」
咲夜はお客様に一礼すると、くるりと反転し、そのまま自室へと歩き始めた。
俺は咲夜に付いて行きたい……が、お客様の案内をしなければならない……
「天彦、お客様は俺が案内しておくから、お前は姫巫女様の所へ行って来い」
「っ!!ありがとう!チヨ兄!」
俺は嬉しさのあまり思わずチヨ兄と呼んでしまったことにも気づかずに咲夜の後を追った。
「……なんで、お前が来るんだよ」
部屋に入るなり、咲夜にそう言って睨みつけられた。
無視されずに話しかけられた事に少し安堵したが、できるだけ顔に出さずに説明を始めた。
「八千代さんがお客様を案内するから俺は咲夜のフォローに回れって言われたから来た」
そこまで言ってなかった気がするけど
「……フォローなんて要らない、一人でやるからお前も先行ってろって」
「それは出来ない」
「……なんでたよ」
なんで……か、改めて考えると答えに窮するな。
咲夜の側に居たいだけなんて子どもみたいな理由は知られたくないし、それにこれは……
「仕事だからだ」
「ッチ……仕事ってなんだよ……じゃお前じゃなくてもいいだろ!?優仁さんでも八千代さんでも誰でも!!」
「……あぁそうだな」
そうだ、結局は誰でもいいんだ。
咲夜の世界は狭い。
俺は偶々、咲夜の近くにいた同い年のαだっただけだ。
そう全ては偶然だ。咲夜が俺を選んだわけじゃない。
だから咲夜の隣りにいるやつは俺じゃなくても良い、咲夜が選んだ人なら誰でもいいんだ。
……でも、それでも
「だがこの仕事は誰にも譲らない、俺はお前の側にいる」
咲夜は少し目をうるませながら、訳分かんねぇよと呟きそのまま黙った。
きっと俺に呆れたんだろう。
そうだ、これは俺の身勝手な独占欲だ。
浅ましいと我ながら思う、だけど俺は咲夜の隣りにいることを諦めはしない。
今度こそ、咲夜を手放さない。
そう心に決め、咲夜の着替えを手伝った。
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