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第10話 死人花(7)

 ~天彦視点~  半刻程の準備を終え、咲夜と俺はお客様の待つ拝殿へと向った。  向かっている間、咲夜は朝と同じように無言だったが、朝とは違い怒りや苛立ちのようなものを一切感じず、ただ目の前の神事に集中していることがわかった。  締め切られた拝殿の前にたどり着くと俺は中に聞こえるように「姫巫女様、ご昇殿」と言うと先に着いていた優仁さんが中から仕切りを開け、手を床に付き頭を下げた。  それを確認した後、俺も手を床に付き、頭を下げる。  シンとした冷たい静寂が辺りを包む。  その静寂を柔らかな咲夜の足音が静かに破った。  「皆様、面をあげてください」  咲夜の声に皆一斉に頭を上げた。  「これより、伴切の儀を始めます」  そう昨夜が告げると優仁さんは立ち上がり、部屋を出ていった。  部屋には俺と咲夜と寒菊さんの3人だけとなった。  「まず始めに寒菊様、首にお召になっておられます物を外してください」  「あっ……はい!」  茫然としていた寒菊さんは急いで首についているチョーカーを外した。  露になった寒菊さんの細い首にはクッキリと、まるで未練でもあるかの様に深く刻まれた番痕があった。  彼はそっと番痕の歯形に指を這わせると一度目を閉じて真っ直ぐ咲夜の方を見た。  その視線を受けた咲夜は悠然とした動きで目の前にある祭壇から鈴の付いた榊を取り出した。  「古来より、榊には神が宿られ、鈴は邪気を払い御神霊を呼ぶとされております」  「神様に……御霊……」  この場の放つ神聖な空気に当てられた寒菊さんはすっかり咲夜を信じ切っていた。  更に咲夜は徳利を祭壇から取り出し、水を榊にかけた。    「この水は所謂『神水』と言われるものです、この神社の御神域は伊邪那岐尊が根の国より戻られた際に禊いだとされる池が御座います」  これはその池の水でございますと說明した後、咲夜は水の掛かった榊を持ち寒菊さんの後ろへ立った。  咲夜が目を閉じ、数回深く息を吸う……そして  「高天の原に神留ります神魯岐神魯美の命以ちて皇御祖神伊邪那岐命…………」  静寂の中、咲夜から放たれた祝詞は清水の様に透き通っており、水面に生じる波紋のように心の中に染み渡るものだった。  しかし次第に咲夜の様子が変わった。  咲夜の声から生気が感じられなくなった。  響き渡る声が男性か女性か分からない。  人のものかも分からない。  恐ろしく、そして神々しい。  そして、最後の祝詞を口にした時……  咲夜は倒れた。

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