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翌日の昼休み。
また小宮くんが迎えに来て、一緒に旧校舎裏に向かった。
そして、お弁当食べ始めてすぐ、彼が爆弾発言をした。
「ねえ、藤下くんは、男役と女役、どっち派?」
「え!?」
昨日とは違う意味で驚きすぎて、箸を落とす。
小宮くんはクスクス笑った。
「……え、質問が唐突すぎるんですけど」
「ふふ、ごめんごめん。でも、こういうトークってしたことなくて、1回やってみたかったんだよね」
「小宮くんでもそんなこと思うんだ……」
「年頃の男子だもん。それはそうでしょ」
で? とわくわくした表情で聞いてくる彼に、つい折れてしまった。
「される側……かな。やったことないし分かんないですけど」
「へえ。僕はいつも、する側で想像してる」
控えめに笑う小宮くんを見て、内心、小さくため息をつく。
そういう話題には、全く慣れていない。
どうコメントしたものかと悩んでいると、小宮くんは、「うーん」と言って空を仰ぎながら言った。
「いいなあ。僕もいつか、恋人とかできるのかなあ」
しみじみとしたつぶやきだった。
いつも女子にキャーキャー言われている人の発言とは思えない。
俺は、当たり障りなく答える。
「18歳になったら、そういう出会いの場とか行けばいいんじゃないですか? すぐできそう」
「うーん、でも、それまでは何もできないんだもんね。友達は普通に彼女とかいるから、うらやましいな」
王子然とした優等生がそんなことをぼんやりと言うのだから、不思議だ。
「藤下くんは? 興味ない?」
「いや……、興味なくはないですけど。でも無理かなって思ってますし」
無理を体感して、まだ48時間も経っていない。
ずくっと胸が痛むのを見ないふりをしようとしたら、小宮くんはちょこっと顔をこちらに向けて、おずおずと切り出した。
「あの、藤下くん……嫌だったら断ってくれていいんだけど……」
小宮くんは、一瞬視線を泳がせてから言った。
「……キス、してみたくて」
「え?」
思考停止。フリーズする。
本気で言っているのだろうか?
いや、からかって言っているつもりではなさそう。
もちろん、チャラチャラした感じでもなく。
小宮くんは、ちょっとうつむき加減のまま、目線だけ上げて言った。
「やっぱり、好きな人じゃないとやだ? 前田くんじゃないとダメ?」
「いやっ、あいつはもういいんですけど……」
というのは、嘘だ。全然良くない。
何年も何年も片思いして、ずっと胸にしまっておくつもりで、おっさんになっても祐司が結婚しても、一生良い友達でいたいと思っていたのに。
「ノリでってわけじゃないんだ。うまく言えないんだけど……なんかその、キス、したくなっちゃった。してもいい?」
不安そうな表情。何と返していいか分からない。
俺は何も言わず、ぎゅっと目を閉じた。
ややあって、くちびるに押し当てられる感触。だけど――
「ん……」
目を開けると、それは小宮くんの指だった。
人差し指の、第1関節と第2関節の間のところ。
手を引っ込めた小宮くんは、苦笑いした。
「ごめん、危うくほんとにしちゃうところだった。ダメだよね。こういうのは好きな人としないと」
「う、うん……」
ドキドキと心臓がうるさくて、止まらない。
小宮くんは、はあっとため息をついた。
「ダメだな、何やってるんだろ」
うなだれる感じで、ぺこっと頭を下げる。
「急に変なこと言ってごめんね。なんか浮かれちゃったのかな、初めてこういう話できたから。うわ、なんかすごい最低なことした気がしてきた……」
小宮くんは、ぶつぶつ言いながら顔を真っ赤にする。
そして、申し訳なさそうにこちらを見た。
「迷惑かけちゃった。ごめんね」
「全然、迷惑とかじゃないですよ」
「でも……よく考えたら藤下くん、敬語でしか話してくれないし。なんかすごい無理強いしてる気がしてきた」
「あっ、いや、これは」
彼が目上の人にしか思えないから、取れないだけで。
「別に壁作ってるとかじゃないです。単純に、あんま慣れてない人とタメ口でしゃべるのが苦手だから」
「そうなんだ」
小宮くんは、真面目な顔で、俺の目をじっと覗き込む。
そして、眉根を寄せて笑った。
「さっきの、もし許してくれるなら……普通にしゃべって欲しいな」
こんな笑顔を向けられたら、女の子はたまったもんじゃないだろうと思う。
どうしたらいいか分からなくて、言葉に詰まってしまう。
「同胞意識みたいなのを押しつけるのは、しないようにするから。普通に、友達として」
ちょっと口をつぐんで考える。
普通に友達って……お互いゲイであること以外に、何も共通することがない。
話すべきこともない。
彼にとって面白い要素なんて、俺の中には何ひとつとしてないだろう。
「あの……俺は全然いいんですけど。でも小宮くんは、俺と友達になったっていいことないと思います。流行りとかも分かんないし、話合わないと思うから」
つい、陰キャ丸出しな発言をしてしまった。
だけど、小宮くんは真面目な顔でふるふると首を横に振った。
「僕、藤下くんと友達になれるなら何でもする」
「え……? いや、そんな……」
「音楽は? 嫌い?」
「……あんまり興味持ったことないです」
「うーん、そっかあ」
小宮くんは、斜め上の空中を見ながら少し考えたあと、ぱっと笑った。
「あっ、そうだ。明日、ギター持ってくるから、ちょっと弾いてみない?」
驚きすぎて、素 っ頓狂 な声を上げてしまった。
「えっ? むり、むりむり。弾いたことないし」
「誰だって初めは弾いたことないよ。きっと面白いと思うから。どうかな」
小宮くんの不思議なところは、陽キャならではのグイグイした感じはなく、本当にナチュラルに接してくるところだ。
俺みたいな陰キャに。
見下すこともなく。
なんだか流れでキスしようとしたり。
思い出して死にそうに恥ずかしくなりながら、了承した。
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