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 昨晩は、かなり夜更かしをした。  延々動画漁り。  と言っても、もちろん性的なものではなく、普通に、ギターの弾き方。  なんにも知らないのはちょっと恥ずかしいし、小宮くんをがっかりさせるのではないかと思って、予習しようとしたのだ。  でも、音楽知識ゼロ・手元に現物もない状態で動画だけ見ても、全然分からなかった。  当たり前と言えば当たり前だけど。  寝不足でぼーっとした頭のまま午前中の授業を終え、弁当袋を手に取ると、廊下から女子のはしゃぐ声が聞こえた。  もしかしてと思いながらドアの方へ寄ると、案の定、ギターケースを背負った小宮くんを女の子達が取り囲んでいた。  小宮くんは、優しい笑顔で話している。  けれど、俺を見つけると、女子達にぺこっと頭を下げて、俺に向かって手招きをした。  満面の笑み。女子達に向けるとのは、また違う。  なんだろう……なぜだかドキッとしつつあいさつしようとしたら、すぐそばを祐司達が通り抜けた。  お互い、目も合わせない。  胸が苦しくなる。  ふいっと顔を上げると、小宮くんは真顔で3人の背中を見ていて、しかしすぐにこちらに向き直って、にこっと笑った。 「持ってきたよ」 「俺も、……早く食べられるやつにしてもらった」  昨日、LINEを交換した。  それで、寝る前に何通かやりとりしていたときに、彼が『ギターを弾く時間が欲しいから、早く食べられるおかずにしてもらえるかな?』と言ってきたのだ。 「あはは、わがまま聞いてくれてありがとう」 「全然そんな、わがままとかじゃないよ」 「いや。うれしい」  すうっと目を細めて笑う彼は、本当に整った顔をしていると思う。  階段を下り、旧校舎裏へ。  ギターケースを背負う小宮くんは、目立つしアイドルっぽくて、隣を歩くのにかなり気が引けた。  幸い、俺がホモみたいな噂はすぐに飽きられて、もう話題にも上らない。  こういうときにいじめが発生しないのは、進学校ならではだと思う。  みんな頭がいいから、くだらないことはしないし、平和だ。  それで俺はというと、自分の名誉どうこうよりも、祐司と小宮くんに迷惑がかからないことにほっとしていた。  祐司は、卒業までの2年足らずの間、俺を無視して過ごせばいい。  小宮くんは、どういうつもりなのかは分からないけど……とにかく、廊下で無防備に話しかけてこられても問題なさそうで、ありがたい。  ヒヤヒヤしてしまうのだ。  あらぬ噂を立てられたらどうするつもりなのか……と。  昨日の場所に着くと、小宮くんは、そっとギターケースを下ろし、傍らに置いた。 「さっさと食べちゃおう」  座るなりコッペパンにかじりつく小宮くんは、何だか少し、はしゃいでいるようにも見えた。  俺も、焼きそばをすする。 「藤下くんってさ、食べ方可愛いよね。口にぱんぱんに詰めるから」 「んぅ?」  どう反応していいか分からないから、ただただもぐもぐする。  そんな俺を見て、さらに笑う。 「小動物みたい。顔も、童顔って言われない?」  こくっとうなずく。  身長が165しかないのもあり、小動物っぽいとはよく言われていた。  祐司に。  わしわしと頭をなでられて、『お前、ハムスターかリスの生まれ変わりだろ!』なんて。  思考がダメな方向に行きそうになったので、慌ててお茶を飲んだ。  順調にパンを短くしていく小宮くんに合わせて、俺もせっせと食べる。  一足早く食べ終えた小宮くんは、おしぼりで手を拭き、ギターケースを開けた。  黒いボディ。なんだっけ、これは昨日ネットで調べた。  ひょうたんみたいな形の…… 「レスポール」 「え、すごい。予習してきてくれたの?」  小宮くんは、ニコニコしながらスマホを取り出した。  アプリを操作して、音を出しながら、ギターの先についたネジを回す。  ボーン、ボーン、と弦を弾きながらネジを回して、音の高さを調整しているようだ。 「そういうの何て言うんだっけ」 「チューニング。ギターって、弦がゆるむと音が変わってきちゃうからさ。弾く前にこうやってペグを回して巻き上げて、弦をピンとさせる。回しすぎるとそれはそれで狂っちゃうから、チューナーアプリで見ながら」  ただ音を合わせているだけなのに、うつむく小宮くんはかっこよかった。  もぐもぐと焼きそばを詰め込みながら様子を眺め、食べ終えた頃に、彼のチューニングも終わった。 「はい。じゃあ、どうぞ」 「えっ、どうぞって言われても……」  言われるがままに受け取ると、想像以上にずっしりとした重みがあった。  つやっと光る黒いボディに、金色のつまみ。  上品な感じが、小宮くんっぽいと思う。  小宮くんは俺の目の前にしゃがんで、弦をつんつんと指さした。 「この、2番目のここ。そう、そこを人差し指で押さえて? うん、それで、その隣の1番上。そこが中指」  言われるがままに押さえる。  細い弦が指に食い込んで、結構痛い。 「じゃあ、これ、ピックね」 「どうやって持つの?」 「適当に普通に。それで上からじゃーんって鳴らしてみて?」  ためらいがちにピックを当て、そのまま下に向かってゆっくり鳴らした。  ペンペンペン……と、不格好に弾く音。  でも確かに、綺麗な和音になっている。 「おおー、出た出た。それが、Gというコードです」 「G……」  さっきより少し強めに当てて、勢いをつけて弾いてみる。  まともな音になった。  小宮くんは、うれしそうにこくこくとうなずく。 「じゃあ、次はCね」  小宮くんの指が、俺の左手に触れた。  ちょっとドキドキしつつ、言われたとおりに押さえる。 「1番上の弦は弾かないようにして、2番目から下に向かって、じゃーん」  勢いをつけて下ろすと、また綺麗な和音になった。 「すごいすごい。上手だよ」 「ちゃんと音出た……」 「ふふ。これね、C→G→C→Gって繋げたら、それだけで曲っぽくなるから」  全然ちんぷんかんぷんだけど、小宮くんはすごくうれしそうで、俺もなんとなく楽しくなってきた。 「やってみる?」 「うん。できるか分かんないけど」 「そうこなくっちゃ」

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