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 外から見られないようにドアに鍵をかけて、窓の下の壁にもたれかかって座った。  小宮くんは俺の真正面にしゃがんで、まじまじとこちらを見ている。 「いい?」 「うん」  小宮くんは、壁ドンみたいに、俺の顔の真横に両腕をついた。  視界いっぱいがその綺麗な顔で埋め尽くされる。  心臓がやばい。  たまらずぎゅっと目をつぶる。 「するね?」  ふにっと、やわらかくキスされた。  ちょっと離れたと思ったけど、またすぐに、二度三度。  ちゅ、ちゅ、と、軽くくちびるをくっつけられて、頭がぼーっとしてくる。 「どうしよう、藤下くん。止まんない」 「ん……」 「キス、気持ちいい」  うっすら目を開けると、小宮くんは、切なそうに顔を上気させていた。  そして再び、キスされる。 「……っ、はぁ。こみやく……」  ドキドキしすぎて苦しくなり、思わず腕を突っ張る。  小宮くんは、ハッとした表情で固まった。 「ご、ごめん。調子乗った」 「いや、違う。やだったとかじゃなくて……ちょっと息が苦しかっただけ」  避けたみたいになって申し訳なくなって、今度は俺からした。  でも、やり方がよく分からない。ただ押し当てるだけでいいのか。 「ん……うまくできない」  つぶやくと、小宮くんは、俺の頭をなでた。 「僕だって分かんない。これで合ってるのかな、キスって」  いつも女子に人気の彼が本気で困っているのを見て、じんわりと『本当に同性しか好きにならないんだな』と思った。  普通に恋愛対象が女の人なら、キスなんて何度も経験がありそうな、そんな感じなのに。 「もう1回していい? ちゃんとしたい」  そう言いながらも小宮くんは、徐々に顔を近づけてきている。  目の前にきたところでこくっとうなずくと、ふんわりとくちびるがくっついた。  やっぱり、ぼーっとする。  小宮くんの吐息はちょっと熱くて、胸がキュッと締め付けられる気がした。 「……藤下くん。ごめん。好き。ごめん」 「ん、ん……」  答える隙もないくらい、何度も何度もキスされる。 「はあ、ん、小宮くん。まって、」 「藤下くん。独り占めしたい。焦る。前田くんのとこに戻らないで」 「戻れない……っ」  思ったより大きい声が出てしまって、思わず固まった。  小宮くんも、大きく目を見開いて止まっている。  ややあって、眉尻を下げて申し訳なさそうに言った。 「ごめん。また傷つけるようなこと言っちゃった。なんか……余裕ない。ごめんなさい」 「いや、違くて。こっちこそごめん。傷ついてないし、怒ったわけでもないよ」  祐司と元通りになんて、戻れと言われたって戻れない。  ただそれだけなのに、意味ありげな感じで、大声を出してしまった。  とっさのこととはいえ、とてつもない後悔の念が押し寄せる。 「……藤下くん。僕、迷惑かけてるかな」  首を横に、ふるふると振る。  そして、そっと小宮くんの背中に手を回して、ぎゅうっとしてみた。 「迷惑じゃない。けど、小宮くんが俺を好きとか信じられなくて……たまたまいただけで好きって感じになっちゃってるなら、目を覚ました方がいいんじゃないかとか、どうしても思っちゃうから」  小宮くんは、真面目そのものの顔つきで、俺の目をじっと見つめた。  そして、泣きそうな顔でつぶやく。 「これが本当に恋なのかとかって、どうやって分かるんだろう」  抱きしめ返される。  そして小宮くんは、俺の首筋に顔を埋めたまま、ひとりごとみたいに言った。 「ただの片思いなら、好きになっちゃったなとか分かるけど。付き合うって……どういう基準で好きになったら、付き合っていいのかな。分かんない。難しい」  もしかしたら俺は、ズルいのかも知れない。  小宮くんの心配をしているように見えて、本当は、自分が小宮くんを好きになってしまうことに罪悪感を覚えているだけな気もする。  あんなに何年も、祐司のことが大好きだったのに。  フラれた翌日に現れたかっこいい同級生をすぐに好きになっちゃうなんて、軽いんじゃないかって。  そんな風に好きになっちゃうのは、たまたま近くにゲイがいたから付き合うみたいな。  要するに、ついさっき俺が小宮くんに対して長々講釈を垂れたことは、全てブーメランとして自分に返ってくるのだ。  地球上にひとりだけ現れた、恋愛対象の性別の人。  そんな理由で付き合ったりしていいのか……。 「藤下くん」  呼ばれて、現実に引き戻された。 「あの、好きになってくれなくてもいいから。本当に好きな人ができたら、やめてもいいから。だから、その、ふたりでこういうことしたい」 「え……」 「僕、もっと、藤下くんとくっついたりしたい。これが本当の恋愛感情かとか、なんにも証明できないけど」  ほんの少し、迷う。  でも、断る理由は特に見つからなかった。 「うん。分かった」  好き、と言えないところは、やはりズルいと思う。  でも、またキスされたら、胸がきゅうっとしたので――俺の中にも、恋のような感情は、たぶん芽生えているのだと思う。

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