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「どうしたの? あお。なんか元気ない」
翌日の昼休み。
いつも通り、旧校舎裏でお弁当を食べていたけど、どうにも達紀の顔をまともに見ることができなくて、困っていた。
本当のことを言うわけにもいかず、「なんでもないよ」とか何とか言って、うっすら笑ってごまかした。
しかし、達紀にはお見通しだったらしい。
「ううん、絶対変。なんだろ、僕、なんかした?」
「いや、全然」
それっきり黙ってしまう。
達紀は、食べ終わったおにぎりの包みをコンビニ袋に入れて、俺の方に近寄った。
そして、ちょっと身を乗り出す。
「僕には言えないこと?」
ふるふると首を横に振る。
そして俺は、意を決して言った。
「俺、達紀のこと、ちゃんと好きになったと思って。誰かと比べることもないし、達紀が好き」
突然の告白に、達紀は絶句したまま、目をまん丸く開けている。
「それで……好きって思ったら、その、そういう行為とかも想像しちゃって。まだ気持ちを伝えてもいないのに、失礼すぎるから……」
「あお」
呼ばれた、と思ったら、頭をなでられた。
達紀は、目を細めてほんのり笑う。
「そんなのいまさらだよ。僕は何度も何度も、想像の中で、あおとしてる。好きだからしょうがない」
「ん……」
「好きって言ってくれて、うれしい。僕たち、付き合えるの? あいつのことはもう忘れた?」
あいつ、なんて言葉が達紀の口から出ると思わなくて、びっくりした。
けど、ライバル意識みたいなものとか、独占欲とか、そういう感じなのかと思ったら、うれしかった。
「うん。もう達紀のことしか考えてない。こんな気持ちで、その、そういう行為のこととか……悩むのも達紀が初めてだし」
達紀は、俺の正面に座り直すと、そのままぎゅーっと抱きしめてきた。
そしてそのまま、長くため息をつく。
「本音を言うとね。もう、限界近かった。もちろん信じてなかったわけじゃないけど、でも、このままあおがずっと僕のこと本気になってくれなかったら、変なことしちゃうかも知れないって。そのくらい追い詰められてて」
「変なことって、例えば?」
「あいつに直接文句を言いにいくとか、みんなの前でキスするとか」
今度は俺が絶句する番だった。
達紀は、じーっとしたまま、俺を抱きしめている。
その腕の力強さが、気持ちの本気さを物語っているようだった。
達紀が、ここまでさらけ出してくれたんだ。
俺も言わないと。
意を決して口を開いた。
「……俺、自信なくて。どうしても聞けなかったことが1個ある。聞いていい?」
「うん」
「もしも、もしもね。男に告白してフラれた事件が別の人だったら、達紀はその人のこと好きになってた? 俺ずっと、『達紀の周りにいるゲイが俺しかいないから、俺のことが好きなんじゃないか』って思いが消えなかった」
達紀は、ぐりぐりと頭を押しつけながら答えた。
「……包み隠さず本音を言えば、最初はそうだったかも知れない。あおが恋愛対象って分かって、そしたら可愛く見えた。あおが普通だったら、別になんとも思ってなかったかも。でも、たくさんしゃべって惹かれていったのは本当だし、いまは、本当にあおしか好きじゃないよ」
達紀は、体を離して、にっこり笑った。
「ゲイですって人が1万人現れても、あおだけが好き」
「たつき……」
涙で視界がぼやける。
「疑っちゃって、信じなくてごめん。うれしい」
達紀は、袖で涙を拭ってくれた。
「あお。付き合おう? それで、僕のこと、恋人って思って欲しい。頼りないかも知れないけど」
心臓が、ドキッと跳ねる。
そしてすぐに、体の中が、あったかいもので満たされるような感じもした。
「達紀、好き。いっぱいいっぱい、一緒にいたいよ」
そのとき、ぽつぽつと雨粒が降ってきた。
達紀はブレザーを脱いで、俺を隠すみたいにすっぽりと覆った。
そして、真っ暗な中でキス。
死んじゃうかと思うくらい、ドキドキした。
「ギターが危ないね。教室戻ろっか」
ケースを担ぎ、鈍色の空を見上げた。
もうすぐ梅雨入りだ。
こんな風に、裏庭でこっそりお弁当を食べるのは、難しいかも知れない。
なら、どこで食べる?
俺たちはもう、コソコソしない。
思いが通じたのだから。
<2章 ほんね 終>
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