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3章 ひみつ
6月の末。テスト期間のため、部活動が停止になった。
うちの学校は二期制で、テストが少ない分、一球入魂しないとまずい。
県内で上位の私立高校だけど、背伸びしてギリギリで入れた俺と、余裕で入った優等生の達紀とでは、学力に差があるわけで……。
「じゃあ、うちで勉強する?」
達紀は、なんてことない風に提案してきた。
あまりにもなんてことなさそうすぎて、一瞬、ノリで喜んでしまいそうになった。
しかし、すぐに気づく。
恋人の家で勉強って……そういう、そういうやつ?
いや、でも達紀は真面目だから、本当に勉強のつもりかも知れない。
「家族は平気なの?」
「ああ。うち、両親全然家にいないから。忙しくって。だから平気だよ」
そういえば、達紀のお昼はいつも、コンビニのおにぎりだ。
……ますます達紀の真意が分からなくなる。
放課後、結局俺は達紀の誘いに普通に乗り、家にお邪魔することにした。
学校から、俺の家とは反対方向に4駅。
閑静な住宅地に、小宮家はあった。
2階建ての広い一軒家で、達紀には兄弟がいないから、3人暮らしなのだという。
「おじゃましまーす」
誰もいない家に、一応あいさつをして上がる。
そのまま、達紀の後に続いて2階へ。
通された部屋は、達紀の人格そのものという感じだった。
天井に届きそうな背の高いラックには、大量のCD。
本棚には、参考書とバンドの楽譜がぎゅうぎゅうに詰まっている。
机の上はさっぱり整頓されていて、棚の端っこに、色紙が飾ってあった――サッカーボールの絵の中にびっしりと、中学卒業を祝うメッセージが書き込まれている。
人気者の優等生。まさにそれ。という感じ。
「テーブル持ってくるから、ちょっと待ってて。ギターで遊んでてもいいよ」
部屋の端には、黒いレスポールが置いてある。
ミニアンプに繋ぎっぱなしだから、きっと、テスト期間に入ってからは家で練習しているのだろう。
勉強の合間にぽろぽろ弾いて息抜きをする達紀を思い浮かべると、なんだかかっこいいなと思った。
しばらくすると、折りたたみテーブルを抱えた達紀が戻ってきて、足でちょんっとドアを開けた。
「お待たせ。真ん中置くよ?」
「ありがとう」
ふたりで向かい合って、教科書を並べたらちょうどいいくらいのサイズ。
バサバサと机の上に教科書を出しながら聞いた。
「何時くらいまでいていいの?」
「ん? 20:00くらいまでは余裕だけど、その前にはらぺこの限界がくるでしょ。お腹すいたら終わりにしよう」
「分かった」
……と答えながら、心の中で『お腹よ、すかないでくれ』とお願いしたりして。
最近、制服の移行期間が終わって、全員夏服になった。
達紀は制服を着崩すこともないので、指定のサマーベストに、長袖シャツを袖まくりしている。
他方俺は、暑がりなので、既にベストなしの半袖だ。
達紀が唐突に、視線を外しながら言った。
「……なんか、ね。勉強するって言ってるのに、煩悩だらけでごめんね? でもなんか、その……あお見てると、キスしたくなっちゃう」
「え?」
「夏服が新鮮で。っていうのと、なんか……無防備だし」
言われて、急に恥ずかしくなってしまった。
別にガードを外すためとかでもなんでもなく、何も考えずに、ワイシャツ1枚をぺらっと着ている状態だ。
慌てていると、達紀は「ごめんごめん」と焦ったように言って、話を勉強に戻した。
……けど、お互い、気もそぞろなのは分かっている。
「い、1回キスしておく?」
我ながら、情緒も何もない言い方だった。
けど、そうでもしないと、一生集中できない気がした。
達紀は、緊張したようにごくっと唾を飲むと、テーブルの周りをぐるっと回ってこちらまで来て、俺の横に正座した。
「していい?」
「うん」
キスは何回もしてるはずなのに、いざこんな風に改まってしようとすると、ド緊張してしまう。
ぎゅうっと目をつぶると、肩と背中に手を添えて、そのまま優しくキスしてくれた。
「ん……」
「かわいい」
とりあえず1回して、すぐ勉強に戻ろうと思っていたのに。
そんな風にささやかれたら、離れがたくなってしまった。
「達紀、もうちょっとしたい」
「うん」
ちゅ、ちゅ、と、角度を変えて何回も。
「あお、ちょっと口開けて」
どぎまぎしながら開くと、あったかい舌が入ってきた。
応えるように、舌を絡める。
「……っ、はぁ」
「ダメ。あお見ると、ちょっと頭おかしくなる感じがして」
「どういう……んぅ」
達紀の顔が赤い。多分、自分も同じだ。
サマーニットが伸びるくらいぎゅっとしがみついて、夢中でキスをする。
どうやって終わるのか、俺も、多分達紀も、分かってない。
そのうち、自分の体が、してはいけない反応をし始めてしまった。
「ん、……ん、まって」
「なに?」
「だめ、……待って、ほんとに」
バレないよう、さりげなく体の角度を変える。
しかし達紀は逃がしてくれなくて、腰に手を添えて抱き寄せられた。
「なんで? もう嫌になっちゃった?」
「違くて……、」
想像だけでやらかした前科がある。
もしも、本人の目の前で我慢できなくてズボンを汚したりしたら、それはもう切腹ものだ。
「嫌になったわけじゃないけど、一旦やめて、勉強しよ?」
おそるおそる聞くと、達紀はハッとしたあと、困り顔で頭を掻いた。
「……ごめんごめん、勉強しに来たんだもんね。何やってんだか」
よいしょ、と言って達紀が立ち上がろうとした瞬間、首筋に達紀の息がかかった。
「……ぁ」
思わず、甘ったる声が出てしまった。
慌てて両手で口を押さえたけど、達紀は目を丸くして固まっている。
ややあって、達紀はもう一度俺の目の前に座り直した。
「あお? その、……そういうこと?」
泣きそうになりながら、こくんとうなずく。
確かめるつもりなのだろう、達紀がそろそろと右手を伸ばしてきた。
慌てて声で制止する。
「だめっ。さわったら……、だめになっちゃうから」
「あお、見たい」
達紀が、焦がれたような表情で、もう一度言った。
「あおの裸、見たい」
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