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4章 げきど

 あしたから、夏休みだ。  うちの学校は基本的にはバイトが禁止だけど、長期休暇だけはやってもいいことになっている。  去年は特に何もしなかったけど、今年は機材やスタジオ代がかさむので、何かしようと思っている。  他のメンバーも当然やるらしく、アーサーは知り合いのバンドで荷物運びの手伝い。  基也はライブハウスで音響。  チャボはリゾートバイトで、1週間ほど離島に行くと言っていた。 「達紀は? バイトするの?」 「遊園地でチケットもぎ。入口の箱の中に入ってエンドレスで『こんにちは、いってらっしゃい』ってニコニコする仕事だよ」  去年の冬にやってみて楽しかったということで、今年もやるらしい。  もし俺が女性客だったら、混んでいても達紀の列に並ぶだろうなと思った。 「あおは?」 「うーん、シール貼りとかかなあ。接客とかよりは、地味な流れ作業してたいかも」 「結構時給いいんだよね、ああいうの」  手元でなんとなくスマホをいじりながら、短期バイトサイトをあさる。  ……と、帰りのホームルームを告げるチャイムが鳴った。 「それじゃあ、またあさって。スタジオ着いたら、待ってなくていいから、入ってね」 「うん、分かった。バイバイ」  手を振り、教室へ戻っていく達紀を見送った。  何のバイトにしようか……ぼさっと考えながら校門に向かって歩いていたら、後ろから声をかけられた。 「あのー、藤下くん」  振り返ると、知らない男子。でも、見たことはある気がする。  思い出せず困っていると、その人は控えめな笑顔で頭を下げて言った。 「オレ、2組の笹田(ささだ)って言います。いきなりごめん。あの、もし時間あったら、ちょっと話したくて」 「え……? えっと、話というのは?」  俺がたどたどしく尋ねると、笹田くんは、ぎこちなかった笑顔を曇らせて言った。 「……ちょっと、相談、かな。藤下くんにしかできなくて」  その思い詰めたような表情を見て、ピンときてしまった。  多分、この人も同性愛者。  そしておそらく、かつての俺のように悩んでいる。  笹田くんは、うつむき加減に続けた。 「……前々から、藤下くんに相談したいと思ってたんだけど、初対面の人に話す話題でもないよなと思って躊躇してて。でもちょっと、夏休み入る前にどうしても現状打破しなくちゃいけない事態になったから。もし良ければ」 「あ、えっと、予定とかはないんで平気ですけど……、内容的に、聞かれるとまずいやつですか?」  笹田くんは、こくっとうなずく。  とてつもなく不安そうで、それはそうだよなと思った。  俺が孤立した瞬間を、多分見ているから。  男が好きだとバレたらどうなるかとかは、きっと痛いほど分かっているのだろう。  笹田くんは、キョロキョロとあたりを見回したあと、旧校舎横の古いプレハブ小屋を指さした。 「あそこ、どうかな?」 「え。あの建物、入れるんですか?」  以前は運動部の部室だったらしいけど、いまは別のところに部室があるので、ガラクタ倉庫みたいになっている。 「1個、鍵が壊れてる部屋があるって、クラスの奴が言ってるのを聞いたことがある。もし入れなさそうなら別のとこ考えるけど」  カフェやファミレスで話せそうなところを考えようとしたけど、バイトは今日から解禁で、陽キャの人達は早速シフトを入れているみたいなことを話していた。  学校の近くの飲食店は全滅かも知れない。  ……と考えると、学校内というのは盲点かなと思った。  正直俺だって、聞かれたくないし見られたくない。  もちろん達紀と付き合っていることは伏せるつもりだけど、だいぶ個人的な話になるだろうし、俺が男子とふたりってだけで、怪しまれるような気がした。 「じゃあ、あそこで」  誰かに見られないようにそっと移動し、祈る思いでドアノブに手をかけたら……開いた。  滑り込むように室内へ。 「はあ、心臓に悪い……」  つぶやきながら長く息を吐くと、笹田くんは、とてつもなく申し訳なさそうに言った。 「ほんとごめん。もし先生に見つかって怒られたら、オレのせいってちゃんと言うから」  ほこりっぽいベンチを軽く払ってくれたので、そこに腰掛けた。  しかし、笹田くんはなかなか切り出さない。  こちらから急かすのも悪いかと思い、じっと待っていると、笹田くんはおずおずと切り出した。 「まあ、もう分かってると思うけど……オレ、恋愛対象が男で。藤下くんのことは噂で聞いて、相談したいなって思いつつズルズルと」 「話さなくちゃいけない事態というのは?」 「なんか、」  笹田くんは、うつむいたまま、ぎゅっと拳を握った。 「藤下、……いや、ごめんな?」 「え?」  聞き返した瞬間、突然ガッと胸ぐらを掴まれたと思ったら、そのまま押し倒された。  床に落ち、思い切り背中を打ち付けて、一瞬呼吸を忘れる。 「お前、男が好きなんだろ?」  状況が把握できた瞬間、血の気が引いた。  馬乗りになる笹田くんを見上げると、短く呼吸しながら、すごい形相でこちらを見下ろしている。 「や、やだ……っ」  逃れようとジタバタしたら、平手で頬を叩かれた。 「黙れ。ヤッてるとこ誰かに見られてもいいのかよ」 「……やだ、ほんとに、やめて」  ポケットからスマホを取り出したら、あっけなく取り上げられて、そのまま投げ飛ばされた。

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