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4-6

 翌日は、夏休み1回目のスタジオ練習だった。  張り切りすぎたのか、一番乗りに着いてしまったらしい。  誰かが来るのを待っていようかとも思ったけれど、達紀が『先に入っててね』と言っていたのを思い出し、勇気を出して受付に声をかけた――達紀に、かっこ悪いところを見せたくなかったのだ。 「す、みません。13:30からの……」 「あ、鮎川くんのバンドの子だね?」 「はい、そうです。4号室って聞いてるんですけど……」  受付の人は、タブレットをすいすいと操作して確認したあと、にっこり笑った。 「うん、4番だね。あ、それ、買ったの?」  背中のギターケースを指さされ、どぎまぎしつつ、こくんとうなずく。  すると、パチパチと拍手された。 「正式加入おめでとう。あ、オレ、リョーマって言います。困ったことがあったら何でも言ってね。怖くないから」  リョーマさんは、はははと笑い飛ばした。  入れ墨や、ぽっかり穴が空いたようなピアスなどを除けば、普通に明るくて優しいお兄さんという感じ。  変な先入観を持たないようにしなければ……。  小さな声で「よろしくお願いします」と答え、部屋に案内してもらった。  線の繋ぎ方やアンプの使い方を教えてもらって、チューニングを始めたところで、アーサーと基也が入ってきた。 「よう。早いな」 「遅刻しないようにしなきゃと思ったら、早く着きすぎちゃって」  俺とアーサーが世間話をする間に、基也はするっと部屋の隅に移動して、さっさとアンプの調整を始めた。  眠たげな表情。  流し目でつまみを回す姿を見ていたら、以前チャボが基也のことを『ペルシャ猫』と評していたのを思い出した。  確かに基也の気怠げな雰囲気は、見ようによっては、優雅な気まぐれ猫かも知れない。  ちょっと笑いそうになりつつ試し弾きをしていると、達紀とチャボも合流した。 「おー! あおちゃん、超上達してる!」  3曲を弾き終えたところで、チャボが興奮気味に手を叩いた。  俺は、ちょっと気恥ずかしく思いつつ、頭を掻く。 「だいぶ慣れてきたけど、でも、実際よりも遅くしてもらってるし……」  達紀は、「いいんだよ」と言って、にっこり笑った。 「こういうのはね、無理な速さで練習してぐちゃぐちゃになっちゃうよりは、少しテンポを落として確実に合わせていった方がいいんだよ。遠回りに見えるかも知れないけど、それが1番効率いいから。そうだよね?」  達紀が尋ねると、アーサーは大きくうなずいた。 「文化祭まではまだ時間がある。着実にやった方がいい」 「でも、発表するのは5曲だよね? 俺、間に合うかな」 「あとの2曲はコピーだから、音源をよく聴いて練習すればすぐだ。安心しろ」  達紀が言っていたことを思い出す。  絶対リズム感のアーサーに任せていれば大丈夫だ、と。  すると基也が、横からアドバイスを挟んだ。 「速すぎて分かんなくなったりついていけないときは、無理して詰め込んで弾くより、思い切って省略しちゃった方がいいよ」 「どういうこと?」  意味が分からず首をかしげると、基也は、軽く弦を弾きながら言った。 「例えば、『D→D#→Em』って弾こうとしてついていけない場合は、真ん中のD#を省略しちゃう。1音なくても、お客さんは気づかないから」  手抜きも技術、と言って、基也はほんのり笑った。  本当に、本当にみみっちい自分が恥ずかしいけれど……こんな風に、分かりやすく青春なバンドの会話に入れていることに、小さな自尊心が満たされていく感じがしていた。  学校でひときわ注目を集める面々に囲まれて、しかも、王子さまのリードギターと付き合ってる。  これまでの、惨めな片思いにしがみついていた冴えない人生から考えれば、出来過ぎた話だ。  ちゃんと役割も求められていて、必要とされている感じも心地いいし、自分自身上達もしてきたので、本当に考え方が前向きになっていて……。 「じゃ、テンポちょっと上げるぞ」  アーサーが突然こんなことを言い出しても、俺はもう動揺しないし、難しいことはしれっと省略できる。

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