29 / 51
4-7
スタジオの予約は2時間。
残り20分というところで、事件は起きた。
チャボがマイクスタンドを移動したのに気づかず、達紀が思いっきり突っ込んだのだ。
「うわっ!」
ギターを抱えたままつんのめった達紀は、なんとか転ばず楽器は死守したものの、右足のすねをマイクスタンドにぶつけた。
「痛っ……」
一瞬ぐっと顔をしかめたけれど、すぐに何食わぬ顔で姿勢を立て直した。
でも、俺は分かっている。いまのは相当痛かったはず。
長ズボンで隠れているけど、どう見ても内出血しているところに直撃だった。
そして、それに気づいたのは俺だけじゃなかった。
チャボが慌てて達紀の顔を覗き込んだ。
「ごめんごめん! てか、え、大丈夫? 超痛がってなかった?」
「……あはは、弁慶の泣き所だ。お恥ずかしい」
「いや、そうじゃなくて。ちょっと見せろ」
ばっとしゃがみ込み、有無を言わさず右足の裾をめくり上げる。
すると、3日経ってなかなかの変色をしたあざがさらされた。
「うわっ、これどうしたの!?」
チャボが仰天するので、アーサーと基也も寄ってきた。
達紀は苦笑いする。
「ちょっとぶつけちゃって」
「いや……ぶつけただけでこんなことになるわけないでしょ」
基也の冷静に突っ込みに、達紀は曖昧な笑みを浮かべた。
しかし基也の追求はやまない。
「どう見ても複数回だし、自分から何か蹴ったんじゃないの? 硬いもの」
「えー? 達紀がケンカ? 前代未聞じゃん。どしたの?」
言い逃れできそうにない。
そして、この件を達紀に言わせるのは違うだろう。
そう思った俺は、大きめの声で言った。
「それ、俺のせいなんだ。達紀が勝手にキレて暴力沙汰とかじゃなくて」
4人の目が、一斉にこちらを向く。
達紀は目をまん丸く開けていた。
「あお、いいよ、言わなくて」
「ダメ。ちゃんと言うから」
事の顛末 を聞いて、最初に怒号を上げたのは、アーサーだった。
「ふざけすぎだ! それで制裁無しか? お前が無理なら俺がやる」
アーサーは、笹田くんと同じ2組。
夏休み明けに会ったら、本当に殺しかねないほどの激怒だ。
俺は、少し焦って言った。
「いや、平気だから。大ごとになってまた話蒸し返されたり、先生に聞かれたりする方が嫌だし、なかったことにしたくて」
「……そうか。まあ、あおがそう言うなら仕方ないが」
それでもアーサーは、納得がいかなそう。
すると基也が、すーっと目を細めてつぶやいた。
「ていうか、ゲイ同士なら即できると思うのが、考え方としてヤバイよね。いくら志向が同じでも、誰でもできるわけじゃないでしょ」
「うん……まあ、そうだね」
ド正論。だけど、返事に詰まってしまった。
それを肯定してしまうと、俺がゲイだと知って『キスしてみたい』と言ってきた達紀も、ヤバイということになってしまう。
いや、無理やり迫ってきたわけじゃないし、全然違うけど。
達紀をチラッと見ると、やはり微妙な顔で笑っている。
俺は、不自然にならない程度にフォローを入れた。
「でもまあ……同類見つけて必死になるのは分かるんだ。孤独だって思い詰めちゃったりとか。だから、責められない感じもあるよ」
「……責められないからと言って、強姦していい理由にはならんだろう」
アーサーが呆れたようにため息をつくと、チャボが突然大声を出した。
「あおちゃんをいじめるやつは許さない! よし、危なくなったら最悪ギターで殴れ! 悪いやつをやっつけるんなら、ギターの神様も怒らない!」
義憤に燃えるチャボの暴論に、なぜか俺は、和んでしまった。
ぷはっと噴き出す。
「……みんな心配してくれてありがとう。もう終わったことだから、俺は平気」
「今度からは、何かあったら隠さず言え。俺たちを頼れ。達紀、お前もだぞ。ひとりで抱え込むな」
「面目ない」
本気で怒ってくれるひとたちがいて、その温かさに、ちょっぴり泣きそうになってしまった。
ともだちにシェアしよう!