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 スタジオの予約は2時間。  残り20分というところで、事件は起きた。  チャボがマイクスタンドを移動したのに気づかず、達紀が思いっきり突っ込んだのだ。 「うわっ!」  ギターを抱えたままつんのめった達紀は、なんとか転ばず楽器は死守したものの、右足のすねをマイクスタンドにぶつけた。 「痛っ……」  一瞬ぐっと顔をしかめたけれど、すぐに何食わぬ顔で姿勢を立て直した。  でも、俺は分かっている。いまのは相当痛かったはず。  長ズボンで隠れているけど、どう見ても内出血しているところに直撃だった。  そして、それに気づいたのは俺だけじゃなかった。  チャボが慌てて達紀の顔を覗き込んだ。 「ごめんごめん! てか、え、大丈夫? 超痛がってなかった?」 「……あはは、弁慶の泣き所だ。お恥ずかしい」 「いや、そうじゃなくて。ちょっと見せろ」  ばっとしゃがみ込み、有無を言わさず右足の裾をめくり上げる。  すると、3日経ってなかなかの変色をしたあざがさらされた。 「うわっ、これどうしたの!?」  チャボが仰天するので、アーサーと基也も寄ってきた。  達紀は苦笑いする。 「ちょっとぶつけちゃって」 「いや……ぶつけただけでこんなことになるわけないでしょ」  基也の冷静に突っ込みに、達紀は曖昧な笑みを浮かべた。  しかし基也の追求はやまない。 「どう見ても複数回だし、自分から何か蹴ったんじゃないの? 硬いもの」 「えー? 達紀がケンカ? 前代未聞じゃん。どしたの?」  言い逃れできそうにない。  そして、この件を達紀に言わせるのは違うだろう。  そう思った俺は、大きめの声で言った。 「それ、俺のせいなんだ。達紀が勝手にキレて暴力沙汰とかじゃなくて」  4人の目が、一斉にこちらを向く。  達紀は目をまん丸く開けていた。 「あお、いいよ、言わなくて」 「ダメ。ちゃんと言うから」  事の顛末(てんまつ)を聞いて、最初に怒号を上げたのは、アーサーだった。 「ふざけすぎだ! それで制裁無しか? お前が無理なら俺がやる」  アーサーは、笹田くんと同じ2組。  夏休み明けに会ったら、本当に殺しかねないほどの激怒だ。  俺は、少し焦って言った。 「いや、平気だから。大ごとになってまた話蒸し返されたり、先生に聞かれたりする方が嫌だし、なかったことにしたくて」 「……そうか。まあ、あおがそう言うなら仕方ないが」  それでもアーサーは、納得がいかなそう。  すると基也が、すーっと目を細めてつぶやいた。 「ていうか、ゲイ同士なら即できると思うのが、考え方としてヤバイよね。いくら志向が同じでも、誰でもできるわけじゃないでしょ」 「うん……まあ、そうだね」  ド正論。だけど、返事に詰まってしまった。  それを肯定してしまうと、俺がゲイだと知って『キスしてみたい』と言ってきた達紀も、ヤバイということになってしまう。  いや、無理やり迫ってきたわけじゃないし、全然違うけど。  達紀をチラッと見ると、やはり微妙な顔で笑っている。  俺は、不自然にならない程度にフォローを入れた。 「でもまあ……同類見つけて必死になるのは分かるんだ。孤独だって思い詰めちゃったりとか。だから、責められない感じもあるよ」 「……責められないからと言って、強姦していい理由にはならんだろう」  アーサーが呆れたようにため息をつくと、チャボが突然大声を出した。 「あおちゃんをいじめるやつは許さない! よし、危なくなったら最悪ギターで殴れ! 悪いやつをやっつけるんなら、ギターの神様も怒らない!」  義憤に燃えるチャボの暴論に、なぜか俺は、和んでしまった。  ぷはっと噴き出す。 「……みんな心配してくれてありがとう。もう終わったことだから、俺は平気」 「今度からは、何かあったら隠さず言え。俺たちを頼れ。達紀、お前もだぞ。ひとりで抱え込むな」 「面目ない」  本気で怒ってくれるひとたちがいて、その温かさに、ちょっぴり泣きそうになってしまった。

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