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5章 きぼう

 8月頭。1泊2日で、合宿をすることになった。  場所は、電車を乗り継いで2時間ちょっとのところにある、湖のそばの宿泊施設。  リョーマさんが紹介してくれて、24時間使える音楽スタジオが5室もある、大きな施設だと聞いた。  当然、合宿なんて初めてだし、好きなことに思いっきり打ち込める環境なんて、すごく青春っぽい感じがする。  そして何より……泊まりだ。達紀と。  もちろんみんないるので何か起こるわけじゃないけど、一緒に寝て起きてご飯を食べられるだけで、十分幸せだと思う。 「おーおーおー! モノレール乗んの、5億年ぶり!」 「中学の修学旅行で乗っただろう」  はしゃぐチャボを完全スルーのアーサーが先に乗り、俺たちもぞろぞろと続く。  楽器と旅行バッグでなかなかの大荷物の俺たちは、短い車両の後方に空いたスペースに固まった。  ややあって、近くにいた女の子たちのヒソヒソ声が聞こえ始める。 『え、あの人たちかっこいい』 『プロのバンドマンかな?』 『待って、あの黒髪の人マジでイケメンすぎない?』 『いやいや、高身長ハーフ顔はやばいって』  女の子たちの想像力はたくましく、湖でミュージックビデオの撮影じゃないかとか、話している。  俺は、あちらに顔が見えないように、窓際にもたれた。  そして4人に目を向ける。  ……確かに、そういう目で客観的に眺めてみると、みんな芸能人みたいだ。  チャボはぱっちり二重に人懐っこい笑顔がアイドル級だし、アーサーはアイルランド系ハーフだし、基也の病的な気怠さはものすごくバンドマンっぽい。  そして達紀は、すべてのパーツが完璧な配置の王子さま。  優しげな。ちょっと微笑んだだけで女の子が死んでしまいそうな。  自分は明らかに浮いてるな、と思う。  まあ、顔で音の良し悪しが変わるわけでもないし、サイドギターで延々バッキングを弾く俺は、終始うつむき加減くらいの方が雰囲気が出るかも知れない。  文化祭の時は絶対に顔を上げず、基也の後ろあたりで弾いていよう。  ……そんなことを考えていたら、窓に張り付いていたチャボが声を上げた。 「わー! 海だー!」 「湖」 「大声を出すな、恥ずかしい」  基也とアーサーが同時に突っ込んで、チャボがてへへと笑う。  平和だ。ものすごく。    駅から10分ほど、湖沿いを進む。  狂ったように鳴くセミの声に負けないよう、ちょっと声は張り気味で。 「あお、すごいね」  呼ばれてふいっと隣を見たら、湖を指差す達紀がキラキラと光を放っていた。 「えっ!?」  一瞬びっくりして目をまんまるく開けたけど……なんてことはない、達紀の後ろに広がる湖面が、夏の太陽光を乱反射しているだけだった。  人間が光るわけないのに、何言ってんだろ。  そう思う反面で、達紀の笑顔は、本当にキラキラ発光したって不思議はないくらいまぶしいとも思う。 「ん……? どうしたの?」 「いやっ、すごい、湖がキラキラ輝いててすごいなあーみたいな」 「うん、ほんとにきれいだよね」  達紀はうれしそうに目を細める。  そして、つぶやくように言った。 「幸せ感じるな、好きな人と一緒にこういうの見られるの」 「ちょっ……!」  慌ててキョロキョロ見回すと、アーサーはチャボを真っ直ぐ歩かせるのに忙しそうだし、基也は耳にイヤホンを突っ込んでいた。  確信犯か。  ちょっとむくれて見ると、達紀はクスクス笑っていた。  彼は彼で旅行に浮かれているのだと思うと、愛しくなる。  着いた建物は、特に凝った装飾のない、普通のホテルという感じだった。  通された和室はけっこう広くて、5人分の布団を並べても全然余裕そうだった。    荷物を置いた瞬間に、チャボが真ん中でゴロゴロ転がり始める。 「あ。ちゃんとWi-Fiある」  窓際で早速スマホを開いた基也が、ちょっぴりうれしそうな声で言った。  俺も繋いで、その隣でゲームを起動する。  達紀は、大きな机の上に置いてあったタブレットを開いた。  スタッフの人の説明によると、スタジオはこのタブレットから予約するので、他のバンドの人たちとかち合わせたりすることはないらしい。 「けっこうすぐ入れるみたいだけど、どうする? 少し休憩してからでもいいし、僕はすぐ始めてもいいけど」 「みんなが良ければ、すぐやりたいかも。時間がもったいないから」  俺が申し出ると、アーサーが笑顔で大きくうなずいた。 「そうだな。せっかく金を払って来ているのだから、1分でも長く練習できた方がいい」 「あおちゃんまじめー」 「いや、なんか……上達のチャンスだし」  10月第2週の文化祭まで、あと2ヶ月。  いや、9月にテストが挟まるから、正味1ヶ月ちょっと。  間に合いませんでしたでは済まないので、遅れている俺は、一刻も早く追いつきたいのだ。  楽器を持って、ぞろぞろと移動する。  廊下がかなり幅広に作られていて、これは、客の機材が多いこの宿泊所ならではなのかなと思った。  すれ違うお客さんは、本格的っぽい人たちから、おそらく部活であろう学生までといった感じ。  3階、防音スタジオが並ぶフロアに着くと、達紀が案内図を見ながら言った。 「この5つが練習スタジオで、その先がライブのリハ用ホール。1番奥が、録音スタジオだって」 「録音もできるのか。すごいな」 「え! 録ってみたい!」 「別料金を払えば、スタッフさんがミックスしてくれるみたいだよ」 「払う!」 「無理に決まっているだろう」  アーサーがチョップを入れてチャボを落ち着かせ、予約したスタジオへ。  入ると、スタジオ・ミストの2倍はある、広々とした空間だった。  みんな曰く、機材もかなり高級なもので、これが使い放題なのは最高だと喜んでいた。  線を繋いで音を出してみると、ずっしりと低音が重い……ような気がする。  詳しくないから分からないけど。  ただ、このボリュームで弾いていても外へはまったく漏れてきていなかったから、これならどれだけヘタクソでも周りの人に笑われたりしなさそうだと、ホッとした。 「あーあーあー、マイクテストワンツー」  さっきまではしゃいでいたチャボは、マイクを握ると途端、ボーカリストの顔になった。  そうするとみんなも、自然とバンドモードになる。  俺はなんだかこの瞬間が好きで――俺も頑張ろうと思えるのだ。

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