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 順調にこなし、1回目の練習を終えたのが17:00。  夕食までは時間があるので、各々休憩ということになった。  達紀はテスト勉強。  アーサーは筋トレ。  チャボはどこかへ行ってしまった。  本当に自由な人たちだ。 「あお、ブレイブトリガーの続きやろ」  基也に肩をつつかれ、こちらはゲームの世界へ。  1時間ほどがっつりプレイし、無事難敵を倒し……そして、夕食。事件は起きた。  食堂に向かうと、チャボが、女の子を4人連れていたのだ。 「おーい。なんか友達になったんだけど、一緒に食べたいんだって。いい?」 「は……? ええと、どちらさまで?」  アーサーがいぶかしげに尋ねると、茶色いウェーブヘアの女の子が答えた。 「えっと、あたしたちも軽音部の合宿で来てて」 「さっきライブ映像見せてもらったんだけどさ! こんなかわいらしーい見た目なのに、超パンクなんだよ!」  意気投合したのは本当らしい。  しかし、純粋に音楽仲間のつもりでいるチャボに対して、女の子たちが同じように見ているとは到底思えなかった。  基也が露骨に嫌な顔をする。  達紀は、温和な笑みを浮かべて言った。 「ごはんの間だけでしたら。まったりおしゃべりとかは、時間の関係で難しいんですけど」 「あっ、全然。チャボくんからバンドメンバーの話聞いたら、見てみたい~ってなっただけなんで」 「おい、どのエピソードを面白おかしく話したんだ?」  圧をかけて詰め寄るアーサーに、チャボはへらへらと適当に笑う。  達紀はほわっと微笑んだ。 「じゃあ、情報交換しましょう」  達紀のやわらかい話し方で、一見親切な提案に見えるけど……俺には、『絶対に音楽の話しかしない』と断言しているように見えた。  やっぱりモテる人は、女の子を遠ざける術に長けているのだろうか?  ビュッフェの列に並びながら、ぼーっと考える。  まあ、女の子たちの目当てはどうせ4人だ。  チャボが去年のライブ映像とか写真とかを見せて、盛り上がったに違いない。  存在感を消して食事に集中しよう……なんて思っていたら、耳の真横で話しかけられた。 「ねえ。君があおちゃん?」 「え……? は、はい。そうですっ、けど……?」 「きゃーかわいー! チャボくんが言ったとおりだ」  女の子が、つやつやの髪を揺らしてはしゃぐ。  助けを求めるようにチャボを見ると、いひひと笑っていた。  達紀が、さわやかすぎる笑顔でチャボに尋ねる。 「何の話をしたの?」 「新メンバーのあおちゃんが超可愛くて、話しかけると照れ照れしながら敬語で返事するよって」 「何それ。あおはマスコットじゃないよ」  達紀の笑顔がパーフェクトすぎる。  これはもしかして、怒っているのではないだろうか。  しかし女の子たちは、はしゃいだまま、俺の顔の前にぐいっと近づいてきた。 「いやいや、あおちゃんマスコットみたいだよ。むしろうちのバンドにいても違和感ないかも!」 「えっ。い、いや、そんなわけないですよ。男ですし」 「そうですね、ガールズバンドの中では浮いてしまうかも知れません。あおは女の子にあまり慣れていないので」 「え、かわいー」  ……最悪だ。こんないじられ方。  うちのメンバーが自由人過ぎて忘れかけるけど、基本的には軽音部というのは、陽キャの集まりなのだ。  おとなしく影に隠れていたい。  しかし、食べ始めると「口に詰め込むのかわいー」と言われ、オレンジジュースを取ってくると「子供みたいでかわいー」と言われ、ならばコーヒーだと無理して飲み始めたら「背伸びかわいー」と言われた。  一体、どうしろと。  音楽の話などまるで出てこない……かと思いきや、意外にも、達紀とひとりの女の子が熱心に話し込んでいた。  聞き耳を立てると、マニアックすぎるエフェクターの話だ。  まあ、合宿に来るくらいだし、一生懸命にバンドに打ち込んでいるのは本当なのだろう。  でも、でもなんか……女の子と楽しそうに話してる達紀は画になりすぎていて、微妙な気持ちになってしまう。  女の子だってきっと、達紀と話せて楽しいだろうし。  子供っぽいいじけ方はやめよう。  そう思ってハンバーグを食べ始めたら、急に女の子に名前を呼ばれた。 「あおちゃん、あおちゃん」  フォークをくわえたまま顔を上げる。  ばちっと目が合った茶色いウェーブヘアの子は、俺を見てにっこり笑った。

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