33 / 51

5-3

 彼女はみのりさんといって、ドラムを叩いているらしい。 「あおちゃんは、なんでバンド始めたの?」 「え、っと。達紀に誘われました」 「じゃあ、それまでは全然楽器触ったことなかったんだ?」 「はい。ていうか、音楽自体あんま聴いたことなくて、そんなに興味もなかったっていうか……」  陰キャ丸出しだ。  何を言われるかと身構えていると、みのりさんは、こくっと首をかしげて言った。 「良かったね、きっかけもらえて。失礼かもだけどさ、あおちゃんって派手にバンドやるようなタイプに見えないし」 「ですよね……」  みのりさんは、あっけらかんと笑って語り出した。 「あたしも、あおちゃんとおんなじ感じ。中学まで超ダサガリ勉で、おしゃれとか全然気遣ってなくてさ。で、高校でイメチェンしよって思って、軽音部入ったんだ。だから、ぜんっぜん、音楽が好きで~とかじゃなくて。ドラム選んだのも、ギターより叩くとこ少なくて簡単そうっていう」  いたずらっぽく笑うのを、ぽかんと眺める。  みのりさんは、服もイマドキっぽいしメイクもしていて、元々陰キャだったなんて、全然想像もつかない。 「あおちゃんもさ。きっかけはただ誘われただけかも知んないけど、やってたら、絶対バンドバカになるよ」 「そうなんですかね……?」 「うん。それに、ライブ映像いくつか見せてもらったけど、みんな超上手い。囲まれてたら、あおちゃんも上手くなると思う」 「……うーん、どうだろう。なんか、ついて行ける自信ないんです」  ついぽろっと、本音が出てしまった。  ネガティブなことを言ったらまずかったかと思ったけど、みのりさんは、笑顔のままふるふると首を横に振った。 「置いてくような人たちに見えないよ。絶対あおちゃんのこと引っ張り上げてくれるって」 「えっと、そうですね。俺のペースに合わせてくれてて、ありがたいです」  ちょっとうつむくと、みのりさんはその下からぐいっと上目遣いで目を合わせてきた。 「どうせ、『迷惑かけてる』とか思ってるでしょ?」 「う……っ」 「あはは、当たりだ。でも大丈夫だよ。みんなあおちゃんのこと大好きっぽいし。特に、達紀くん」 「え!?」  思わず、ちょっと大きい声になってしまった。  達紀が振り返って、首をかしげる。 「何の話してるの?」 「え、いや……」 「内緒! ね、あおちゃん?」 「あ、はい」  達紀は「えー?」と言って笑ったけど、何だか少しむくれているようにも見える。  やきもち、だろうか――だったらちょっとうれしいような。  達紀がちょこっと身を乗り出して、俺の顔のすぐ横に近づいてきた。  そして、みのりさんに向かってにっこり微笑む。 「あおは女の子と話すの苦手なんで、手加減してあげてください」 「だいじょぶだいじょぶ、変なことは言ってないよ」  あははと明るく笑うみのりさんをちょっと警戒するように、達紀は俺の腕を掴んだ。  しかしその瞬間、達紀と話していた女の子が大声を上げた。 「あっ、達紀くん達紀くん! 思い出した! ワイバニーズのオーバードライブだっ!」 「え? あ。ああ、そうだったね」 「めっっちゃくちゃ歪むんだよ。それでさー」  達紀はまた、無理やりエフェクター談義に戻される。  少し恨めしそうな目でこちらを見ながら、渋々といった感じで掴んでいた俺の腕を離した。  危ない、ちょっと笑いそうになってしまった。  みのりさんも、くすくす笑っている。 「やっぱね~。達紀くん、あおちゃん大好きなんだ」 「なんでだかよく分かんないんですけど。達紀は人気者だし、なんで俺みたいなのにかまうのか……あんま自信なくて」 「でもなんか、超必死だったじゃん。あたしにあおちゃん取られちゃうと思ったのかなあ? あはは、達紀くんも可愛いね」  俺は何と答えていいか分からず、もごもごと言葉をにごす。  みのりさんは、サラダを頬張りながら言った。 「陰キャ歴長いとさ、ついつい『仲良くしてもらってる』みたいな気分になるけど、きっとあおちゃんも対等にみんなと同じメンバーだよ。自信持って」 「えっと……まずは、演奏でみんなに追いつけるように頑張ります」 「その調子だ! 頑張れ!」  ジュースを取りに行くというみのりさんの背中を、ぼーっと眺める。  自分が、知らない女の子と雑談する日が来るなんて。  達紀に出会って、軽音部に入って……やっぱり、すごくすごく、変化を感じる。

ともだちにシェアしよう!