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夕食を終えて、女の子たちとは別れた――連絡先を聞きたそうにしている様子を察知して、アーサーが強制的にお開きにした。
「風呂は大浴場かー。泳げるかなあ」
「やめて恥ずかしい」
謎の夢を抱くチャボに、基也が冷たく言い放つ。
そして俺は、窮地に陥っていた。
共同のお風呂だなんて聞いてない。
達紀の裸を見て、万が一、万が一のことがあったらと考えると、絶望しかない。
かと言って、タオルで隠すのはマナー違反だろうし……。
どうしたものかと内心頭を抱えていると、アーサーがなんてことはない風に言った。
「あお。お前、人と入りにくいだろう。大浴場は23:00までらしいから、ギリギリに行ったらどうだ?」
「あ……」
そっか。分かってくれてるから。
気遣いがありがたすぎた。
「うん。そうする」
ぺこっと頭を下げようとしたら、チャボが慌てた様子で割って入った。
「いやいやいや、待って。あおちゃんひとりで行って、また笹田みたいな変態が居たらやばくない!?」
「何、笹田? 確かにそれはまずいな」
アーサーの笹田くんに対する過剰反応が、話をひるがえす。
「だめだ、やっぱりあおをひとりで風呂に行かせるのは危ない」
「いや、別に平気だと思うけど……」
「ここにいるのは全員バンドマンだぞ? あおとはパワーが違う。押し倒されたら終わりだ」
俺だってバンドマンなのに、という苦情は、のどの奥に引っ込める。
すると達紀が、ふわっと笑って言った。
「じゃあ、僕、付き添うよ。脱衣所のところで待ってればいい?」
「えっ! いや、悪いし」
「聞き流すだけでいい英語アプリやって待ってるから、大丈夫」
「ごめん……、じゃあ、お願いします」
よかった。持ちうる選択肢の中では、最良の道だ。
ホッと胸をなで下ろす。
「んじゃ、風呂の時間までもう一発練習行きますか」
チャボのひと声で、スタジオへ向かった。
みっちり3時間練習して、22:00すぎ。
4人が先に入りに行ったので、部屋にひとりきりになった。
アーサーに「絶対に部屋に人を入れるなよ」と強く念押しされて、軟禁状態だ。
正直、そんなにホイホイとゲイが現れるわけなんてなくて、もしそうだったら、そもそも俺は肩身の狭い人生を送ってなかった。
ゲイは、少ないんだ。
こんなところで突然襲われるわけがない。
でもまあ、みんなが俺の身の心配をしてくれるのはありがたいし、実際、一緒に入るのは無理だったと思う。
ぼーっと30分ほど待っていたら、3人が帰ってきた。
基也が、ばさばさと長髪を拭きながら言った。
「達紀、フロントの人に風呂の時間延長してもらえないか聞いてくるって言ってたよ」
「え? なんで?」
「自分が脱衣所で見張ってても、普通に入りたい人たちが来たら止められないからって」
確かに、言われてみればその通りだった。
達紀の裸を見ずに済む方法ばかり考えていたけど、設定上は、男の裸全般がダメということにしておかないと変な話になる……。
ややあって、スマホが鳴った。
達紀からだ。
『もしもーし。みんな帰ってきた?』
「うん。なんかフロントに聞きに行ってくれてるんでしょ? ごめんね」
『ううん。それで、いまお願いして、23:00~23:30まで貸切にしてもらえることになったから』
「え! ありがとう。じゃあ俺ひとりでも大丈……」
『だーめ』
かぶせられてしまった。
『行ったり来たりするの面倒だし、マッサージチェアか何かで時間潰してるから。23:00になったら来てね』
「いや、すぐ行くすぐ行く」
待たせるのは申し訳ないし、まあ……ふたりで話したいし。
慌てて電話を切り、3人に事情を伝えて、部屋を出る。
駆け足気味に向かうと、マッサージチェアでうたた寝する達紀が目に入った。
「た、たつき……?」
「ん? あ、あおか。寝ちゃってた。気持ちいいんだね、これ」
えへへと笑う恋人の、可愛いことといったら……。
いや、そんな場合じゃない。
「俺の心配してる筋合いないよ。こんなところで無防備に寝ちゃって。女の子に隠し撮りされたりしたらどうするの?」
「ええ……? そんなことするひといないよ」
「いるいる。女子は、イケメンがいたらすぐ写真に撮ってツイッターに上げるんだから」
失礼すぎる偏見なのは、重々承知だ。
陰キャ歴が長かった後遺症か何かだと思って欲しい。
達紀は、「何それ」と言いながらクスクス笑ったあと、俺の顔をじーっと見上げて言った。
「やっとふたりになれた」
「う。言い方……ずるい」
「我ながら、苦しい言い訳を重ねたなと思ったけどね。あはは」
ふたりきりになるために色々知恵を巡らせてくれたのだと考えたら、途端照れてしまった。
「ねえ、さっき食事中、何話してたの? ちょっと妬いちゃった」
「え? 達紀だって女の子と話し込んでたじゃん」
「こっちはひたすら機材の話してただけだよ。でも、あおはなんか楽しそうに話してた」
「一方的に言われてただけだって……」
やっぱり、やきもちだったんだ。
穏やかな彼がそんなことを思うなんて、すごく意外だ。
「……達紀はやきもち焼きなの?」
「え? あお以外付き合ったことないから分かんな」
「うわっ!」
辺りを見回す。
お風呂上がりの人たちがエレベーター前にいたけど、話が盛り上がっていたので、聞こえてはいないはず。
目線だけで抗議すると、達紀は楽しそうに笑った。
「みんなでだけど、泊まれてうれしい。頑張って夜更かしして、あおの寝顔見ようかな」
「そんなの見ても何もないよ」
と思ったけど、さっきチラッと見た達紀の寝顔は、可愛かった。
何か言おうと思ったところで、後ろから声をかけられた。
振り向くと、スタッフの人だ。
「23:00になったので、貸し切りにして大丈夫ですよ。この札をドアのところに掛けておいてください」
「すいません、ありがとうございます」
「終わったらフロントに声かけてください」
では、と言って、スタッフさんは去っていった。
手渡された札は、『CLOSED』。
一瞬よからぬこと頭をよぎったけど、人の好意をそんな風に使っちゃいけないと思って、振り払った。
しかし、達紀の顔を見たら。
「……いま、何考えてる?」
「多分、あおと同じこと考えてるかも」
そう言って達紀は、恥ずかしそうに目をそらす。
そして、ぼそぼそとつぶやくように言った。
「どうせ貸し切りで、誰も入ってこないし。僕が脱衣所にいようが、浴室にいようが、変わらない……と、思う……」
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