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8月のぬるい夜風は、俺たちの髪を簡単に乾かした。
15分ほどで部屋に戻ると、3人はみんなそれぞれ、スマホをいじってダラダラしていた。
チャボが目線を上げて尋ねる。
「おかえりー。変態来なかった?」
「来ない来ない。気遣ってくれてありがとう」
「何だ、達紀はいやに機嫌が良さそうじゃないか」
鼻歌を歌う達紀に、アーサーが話しかける。
達紀はちょっと目を細めて笑った。
「ちょっと外を散歩してたら、良いメロディが浮かんだから、忘れないように歌ってた」
達紀はギターとスマホを取り出し、アンプなしのチャカチャカしたコードを弾きながら、生まれたての歌をスマホに吹き込む。
ゲームをしていた基也が顔を上げ、達紀の手元を見た。
「いいね、ジャズっぽさあって」
「ちょっと意識した。それか、誰かキーボードのサポートを連れてきて、シティポップ風にしてもいいかなとも思ってる」
俺にはよく分からない会話だ。
けど、湖を眺めながら急にピコーンと思いついた達紀は可愛かったし、いつも無気力な基也も、音楽の話をしているときだけは目の奥に熱を宿している感じがして、かっこいいなと思う。
少しうらやましかった。
もちろん俺も、仲間に入れてもらえて、こんな風に一緒に練習して、自分なりに成長も感じるし充実感もある。
けど、やっぱりまだ、音楽を自分のものにはしきれていなくて、どういう風にしたいみたいな主体性もない。
「ねえ、みんなはプロになるの?」
俺が尋ねると、いすにダラッと座っていたチャボが、コーラのペットボトルを開けながらニヤッと笑った。
「おれはマイクと結婚してマイクと共に死ぬ」
「何それ? プロになるってこと?」
「うーん。具体的には考えてねーけど、まあ、形はどうあれ音楽はやるんじゃないかなあ。歌ってないとこがあんま想像できねーし」
チャボのフランクな感じは、熱く『プロになる!』とか言うよりも、音楽を愛しているように見えるし、一生歌っていそうな感じがする。
アーサーはどうかと尋ねると、腕組みをして、意外なことを言った。
「俺はライブハウスを作るのが夢だ。というわけで、大学は経営学部にいく。軽音サークルが有名なところがいいな。そしてゆくゆくは、基也を養う」
「養う!?」
びっくりして見ると、基也は涼しげな顔で言った。
「養われるつもりはないんだけど。オレ、裏方志望だから、音響の専門に行くことに決めてるんだよね。アーサーが日本一のライブハウスを作るって言ってるから、できたら雇われようかなと思ってるだけ」
なんだか、すごい信頼関係があるんだろうというのは感じ取った。
「達紀は?」
マートムの曲は、主に達紀が作っている。
もしかしたら、プロになるつもりなのかも知れない。
……と思ったけど、その答えは意外なものだった。
「普通に大学に進学するよ」
「え? ギターは?」
「趣味としては続けるだろうけど、僕はプレイヤーにはなれない」
あっさりそう言って微笑んだ。
正直、もったいないと思う。しかし達紀は、すらすらと続けた。
「僕は、音楽を提供する側の仕事がしたいんだよね。レコード会社とか、販売や配信サービス関係でもいいけど。とにかく、誰かの作った音楽を人に届ける仕事がしたい。なるべく大手がいいな、たくさんの人に関われるから」
達紀は優秀だし、しっかり有名大学に入って、誰もが知る音楽関係の大企業に、優秀な新入社員として入るだろうと思う。
「なんか、みんなすごいな。俺、なんにも考えてないや。当たり前に、偏差値で選んだ大学に行くと思ってたから」
夢と呼べるようなものは、何もない。
別に、全員が持ってなくちゃいけないわけでもないと思うけど、素直に、目標があることがうらやましいなと思う。
達紀は、俺に向かってにこっと笑った。
「僕は、偏差値で選んだ学校でも全然いいと思うよ。ていうか、生きてさえいればいい気がする」
「そうかな。俺、みんなみたいにやること決めてないの、ちょっと恥ずかしい」
「いやいや。生きてれば、何か希望が湧く瞬間があると思う」
――希望
考えたこともなかった。
けれど、達紀の口から発せられたそれは、確かに俺の中に小さな種を植えつけた。
発芽するのか、腐ってしまうのか、どんな植物なのか、花は咲くのか――未来のことは何も分からないけれど。
「……うん、そうかも。なんかいま、人生ではじめて、夢中でやってて楽しいことしてるし。ギター」
それと、達紀。
心の中で付け足した、その時。
「うわあっ!」
後ろを通り抜けようとしたチャボが、俺の布団に思いっきりコーラをこぼした。
「やべやべやべ!」
「バカかお前は!」
アーサーが叫ぶと、基也が呆れ顔で、机の上に置いてあった箱ティッシュを投げた。
達紀はザッザッとティッシュを何枚も出して、「あーあ」とかなんとか言いながら強めに拭いている。
呆然とする俺。
ややあって、大笑いし始めた。
なんだかもう……泣けるくらい。
ひーひー言いながらなんとか立ち直ると、めちゃくちゃな4人を見て、本当にうれしくなっちゃって。
涙がにじんだのは、笑いすぎということにする。
チャボは、心底申し訳なさそうに顔の前で手を合わせた。
「あおちゃん、マジでごめーん。おれ畳で寝るから、こっち使って?」
「体痛くなっちゃうよ」
「でもあおちゃんを畳に寝かせるわけにはいかないしなー。一緒に寝る?」
そう言ってチャボは、ペンペンと布団を叩く。
しかし、アーサーが即座に却下した。
「ダメだ。チャボはむちゃくちゃ寝相が悪い。蹴り飛ばされるぞ」
「でもアーサーはデカいから無理じゃん? 基也は神経質だから人と同じ布団なんて絶対無理だろ?」
「一睡もできないと思う」
みんなの視線が達紀に集まる。
達紀は、穏やかな顔でこくっと首をかしげた。
「一緒に寝る?」
「う、うん……じゃあ、お言葉に甘えて」
感動から一転、妙なことになった。
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