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多分俺は、人生初めての合宿を、とてもとても楽しみにしていたのだと思う。
だから、一泊二日はあっという間だった。
朝食もそこそこにチェックアウトギリギリまで練習したおかげで、コピー2曲は原曲のスピードで弾けるようになったし、オリジナル3曲も、あとちょっとというところまできた。
文化祭へ向けて、かなり前進。
これで夏休みの半分が終わりだ。
あとはちょこっとバイトと、勉強と、たまに集まって練習して、それとは別に達紀と遊ぶのと。
……思ったより忙しい。
目立たないように生きていた去年までの俺と、全然違う。
もちろん陽キャになれたわけではないけど、別にそこを目指しているわけでもない。
ただただ充実する夏に、ほんのちょっと、感慨深さを覚えたりするだけで。
「お世話になりましたー!」
「リョーマくんによろしくお伝えください」
「了解っす! また来年も絶対来ます!」
受付の人たちにお礼をし、宿泊所をあとにする。
たくさん練習して、みんなとの仲も深まった。
キラキラと光る湖面に、行きに感じたワクワク感とはまた別の、希望のようなものを感じたりして。
ずっと大好きな達紀のそばにいられたら、こういう景色や思い出が増えるのだろうか?
……そんなことを考えていたら、後ろから大声で呼ばれた。
「あおちゃーん!」
振り向くと、みのりさんたちだった。
達紀がギョッとして、俺の体を隠す――もちろん無駄だ。
みのりさんは一直線に俺の方に走ってきて、俺は文字通り、拉致された。
手首を掴まれて、湖沿いの道からそれた雑木林に連れて行かれる。
「わ! ちょっと! どこ行くんですか!」
「ダメダメ、ここじゃあ聞かれちゃうよ」
みのりさんはケラケラ笑いながら俺の手を引いて、しばらく走ったところで手を離した。
息を切らしながら、戸惑いつつみのりさんの様子をうかがう。
みのりさんは、にいっと笑顔を作って言った。
「あおちゃんダメだよ~。雰囲気ロマンチックだったのは分かるけどさあ、深夜に湖でキスなんかしちゃ」
「は!?」
「うちの部屋からめっちゃ見えてたよ」
サーッと血の気が引く。
確かに昨晩、俺と達紀は、湖畔でキスをした。
軽くおしゃべりをしていたら急に達紀が黙って、なんだろうと思ってふいっと横顔を見ようとしたら、隙を突いてキスされたのだ。
あれは最高に王子さまだった。
ドキドキして、何度も熱っぽくキスをして、そしたら達紀が、急にメロディが浮かんだと言い――
「あの、それってみのりさん以外は……」
「いやあ、みんなでキャーキャーはしゃいじゃったよね」
ボンッと、顔から火を噴くかと思った。
何か言おうとするのに、あわあわしてしまって何も言えない。
そんな俺の様子を見て、みのりさんはクスクス笑う。
「イケメンで優しい彼氏、女子に取られないようにね~……なんて言おうかと思ってたんだけど。さっきの達紀くん見たら心配なさそうっていうか、達紀くんの方があおちゃん誰かに取られないか気が気じゃなさそうだね。あはは」
それはみのりさんがこういう拉致の仕方をするから……と思ったけれど、言ったらまずいかと思い、言葉を引っ込めた。
その代わり、一度誰かに聞いてみたかった質問をしてみる。
「あの、その……俺たち付き合ってるのって、客観的に見て分かるもんですか?」
「んー、どうだろ。仲良いなとは思ったし、達紀くんはあおちゃん大好きなんだろうなーっていうのは見るからにそうって感じだけど。別に付き合ってるとかは分かんないんじゃない?」
「あ……、そうですか。良かったです」
「チャボくんとか、他の子たちもみんな仲良さそうだしね」
ホッと胸をなで下ろすと、ジーパンの後ろポケットに入れたスマホが震えた。
達紀からLINEだ。
[どこにいるの? 迷っちゃった?]
心配されていることに、じんわりとうれしさがこみ上げてしまう。
「お、彼氏様から?」
「うん。道に迷ったんじゃないかと思ってるみたい」
「う~ん? どうかなそれは」
みのりさんはまた意味ありげに笑いながら、歩き出す。
斜めに向かって進むと、すぐに合流できた――女の子たちの視線が生温かい気がする。
達紀が、俺の二の腕を両手で捕まえて言った。
「もう、心配した。急にふたりでいなくなるんだもん」
「ごめんごめん。でもこんなところで遭難したりしないよ」
「そういうことじゃなくて」
あれ。これは……むくれている?
チラッとみのりさんを見たら、肩をすくめていたずらっぽく笑っていた。
「いや、ちょっと事情があって……」
さっきみのりさんにされたみたいに、達紀を引っ張って、ちょっと道からそれる。
そして早口に『事情』を耳打ちすると、みるみる達紀の顔が赤くなって――
「あの! みなさん、あおがお世話になりました! えーっと、ご活躍をお祈りしております!」
女の子相手にこんなぎこちなくしゃべる達紀は、初めて見た。
<5章 きぼう 終>
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